「ふっかーつ!!」
ババーン!というセルフ効果音を口で言いながら教室に入る。
そう、私は一日で回復した。
レイくんが来てくれたおかげかな。なんにせよ、体育祭の練習は無駄にしたくなかったからね!
「おはよう、果音ちゃん。もう大丈夫なの?」
陽向ちゃんが言ってくれた。
もー、天使か!惚れるって!
「大丈夫!スライムもびっくりの回復速度だから!」
「なんだよ、それ」
慎吾くんが突っ込んでくる。
「まあ、早く治ってよかった。体育祭当日じゃなくてラッキーだったな。お前も俺たちも」
「へ?」
「お前がいなくなったら戦力の半分は削がれてたよ。流石脳筋」
「否定できないこと言わないでよ!デリカシーないなあ」
くう、否定できない辛さ…。
これはまたレイくんに勉強を教えてもらうしかないかな?
でもでも、レイくんの時間を奪っちゃうことになるし。
「だったらまた俺が教えるから」
っ!
心を読んだようなセリフとともに、私の頭にぽんと手が乗る。
「レイくん…」
「どうせ俺の時間がどうのこうのって理由から遠慮しようとしてただろ。気にしないでいいから。教えて欲しければ言えばいい」
「いいの?私まだ何も返せてないのに…」
「律儀だな」
レイくんは私にふっと微笑んだ。
愛おしむような笑顔に顔が熱くなる。
「俺はもういろいろもらったんだけどな…。そこまで言うなら、一ついい?」
「ん?」
レイくんは、慎吾くんを見ながら私の手を取った。
「俺と後藤は体育祭で勝負するだろ。俺が勝ったら、俺に果音の休日1日ちょうだい」
「うん、わかった。でも、それくらいいつでもいいよ?」
「知ってる」
知ってる、って…。じゃあなんで?
なんか特別なお出かけとかなのかな?ちょっと言いずらい場所とか?もしかして猫カフェとかに行きたいのかな?
猫カフェに行きたいって言っても笑わないのになあ。
「ちょ、待った!」
慎吾くんが慌てて詰め寄ってきた。
その必死の形相はいつぞやの勉強のご教授を乞う私みたいだ。
「じゃあ結野。俺が勝ったら、俺と出かけて欲しい」
「わかった、いいよ」
「っ、やった!」
どこからかチッという舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
それにしても、慎吾くんまで…。
普通に誘ってくれても行くのに。
「ちょ、果音ちゃん」
そのとき、バチバチと火花を散らす2人から離れたところで、陽向ちゃんが手招きしてきた。
秘密のお話をしたそうなので、近付いて耳を寄せる。
「わかってないかもしれないけど、果音ちゃん、それってデートだよ?」
「ゑ」
デート?
それって、あのデート?
っていうか、あのデート以外のデートなんて知らないんだけど。
……………あれ?待てよ。
『一緒に行きたいところがあって。お出かけしよう』
あれも、もしかして。
で、ででで、デート…?
思わず赤面してから、私はぶんぶんと首を振った。
「そそそんなわけ!私相手に限ってデートとか!」
そうだよ、私の休日を1日あげるだけだもん。「デート」じゃないもん。
あのときだってレイくんは「お出かけ」って言ったし。今回も「デート」じゃないし。
そう陽向ちゃんにも伝えると、陽向ちゃんは何故か達観したような顔になった。
「それ、絶対デートと悟らせないでデートしたパターンだよね…」
「え?どゆこと?」
「内心デートのつもりだけど、あえてデートって言わなかった、とか」
「なんのために…?」
「そこまではわかんないけど。緊張させないためとか?」
あー、レイくんならありそう。優しいし。
…いや、これは「優しい」のか?厳しいわけでも意地悪なわけでもないけど。
とにかくまあ、過去のことはいいのだ。
ていうか、全然猫カフェじゃなかったなあ……。
で、だ。
問題は今回なんだけど。
やばい、頭がこんがらがってきた。
それもこれもデート経験がないせいだ…元カレ持ちなのに情けない。
情けないとか関係ない気もするけど、レイくんにびっくりされそう。
でも、貴也くんと付き合ってたのって一週間弱だしなあ。
「果音」
「ふぁっ⁉︎」
のしっと頭に腕を乗せられ飛び上がる。
大袈裟ではなく、本当に飛び上がる。
「俺と『お出かけ』、しような」
「三ツ瀬!まだわかんねーだろ!」
慎吾くんがレイくんに反論したが、私はそれどころじゃなく。
「えー………」
熱い頬を両手で挟んで、視線を彷徨わせていたのだった。
その日の体育。
リレーメンバーに選ばれた私、レイくん、慎吾くんと陸上部の男子タカハラくんはリレー練習をすることにした。
「よーし!始めよう!リレー!!」
真っ赤なバトンを持ってみんなの元に駆け寄る。
私たちは赤組だ。敵は白と黄色と緑と青と、それから……。
まあいいや。とにかく勝ちたい!!
実は、私のクラスは文化部と帰宅部がとても多い。
他のクラスに比べて運動が得意な人が少ないのだ。
でも、私たちならきっといける!!
去年はギリギリ引き分けだったが、今回はレイくんがいるのだから。
レイくん、体育の体力テストはすごかった。
今まで私のシャトルランについてくる人なんて慎吾くんくらいしかいなかったのに、ついてくるどころか超えてきた。
普通の走る速さも立ち幅跳びも腹筋も、全部。
脳筋の私に勝たれると私の面目が立たないんだけど、それは置いといて。
頭もよくて運動できてイケメンとか、レイくんすごすぎ。
プラス優しいとか、モテる要素しか持ってない。
そう考えたときに、私はなんだか寂しくなってしまった。
レイくんがとっても人気になるのはいいこと、なんだよね。
………うーん、なんか複雑。
自分でもなんで複雑なのかわかんないけど。
「果音?」
レイくんが顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「大丈夫。レイくんのハイスペックさにトリップしてた」
「ますます大丈夫?」
レイくんがふっと苦笑する。
といってもやっぱり口角をちょっと上げただけだ。
その優しい感情が籠った目を見てもう一度「大丈夫だよ」と笑いながら、私はリレーの持ち場についた。
そのとき。
「―――っ!!」
「!」
私とレイくんが同時に振り返った。
見たのは校門の近く…でも誰もいない。
さっき、確実に私がレイくんへの殺気を感じたのに。
「………」
貴也くんなのか、違う誰かなのは分からない。
でも。
『好きだ、果音。こっちにおいで』
…見つかったからには、もうあまり時間がない。
「………」
そっと、私の視線を遮るようにレイくんが立った。
レイくんはさっきの方向をじっと睨んでいる。
「レイくん?」
「…果音」
レイくんは私を見た。
そして、私の頬をそっと撫でる。
「ごめん、果音。ちょっとじっとしてて」
そして、私を見つめて。
ちゅっ、と。
花畑のときみたいに、額に唇を落とした。
「っ!?レイくん、何を…」
「…………見せつけただけ」
「え?」
もう一度、レイくんはさっきの方向を睨んだ。
誰に―――というのは言うまでもなく、殺気を向けてきた人なんだろう。
クラスメイトに見られたとか、貴也くんだったらやばいとか、そういうのは頭になかった。
なんでそんなことしたの―――って。
そんな思いばかりが頭を埋めつくして、もう私は何も考えられなくなっていた。