先に口を開いたのは、ラナーシャの方だった。
 彼女は、少し震えながら言葉を発した。その語気は、先程までドルピード伯爵夫人と話していた時と勝るとも劣らない。
 つまり彼女は、怒っているのだ。その事実に、私とマグナスは顔を見合わせる。

「何? ラナーシャ、お前はこの男子と結婚したくないのか?」
「そういうことではありません! 順序があると言っているのです!」
「順序?」
「私もランパーさんも、まだ何の関係もできていません。それなのに……それなのにどうして、その先まで行ってしまうのですか!」
「なんと……」

 怒るラナーシャに対して、ハワード様はゆっくりとこちらに目を向けてきた。
 私もマグナスも、気まずかったので目をそらす。するとハワード様は、絶望的な表情を浮かべていた。

「何もないのか?」
「ええ、まだ何もありませんでした」
「……すまなかった」
「もう……」

 ハワード様は、謝罪の言葉をゆっくりと呟いた。
 その光景は、なんというかとてもいたたまれない。穴があったら、入りたいといった感じだ。

 しかしながら、二人がまだ付き合ってもいないということは驚きである。
 てっきりもうそういう関係なのかと思ったが、そうではなかったようだ。
 これは、私達も危なかったかもしれない。そう思いながら、私はマグナスと苦笑いを浮かべるのだった。