「昔から本当の父親が誰であるかは知っていました。でもお父様のお姉様に対する扱いを見ていると、言い出すことができなかったのです。私も、そういう扱いを……いいえ、もしかしたらもっとひどいことをされるかもしれないと」
「……」
「でもあの闇市に連れて行かれて、もう本当についていけないと思ったのです。お父様は悪魔です。自分の欲望のためなら、実の娘でも手をかけることは厭わない怪物です」

 イレーヌは、震えながら私にそう伝えてきた。
 彼女は恐怖している。それだけ、あの現実とは思えない闇市に恐怖を抱いているということなのだろう。
 その気持ちはよくわかる。あそに行って何も思わないなんて、まともな感性ではないだろう。

「お母様がどうするかはわかりませんが、私は修道女になろうと思っています。幸いにも、とある神父が私を受け入れてくれましたから」
「あなたがそれでいいのならいいけれど……」
「いいと思っています。もしもお姉様さえ良ければ、いつかお訪ねください」
「……ええ」

 イレーヌは再度、私に頭を下げた。
 結果的にではあるが、彼女と義母をカルロム伯爵家から追い出すことになった。義母に関してはともかくとして、彼女に対しては少し申し訳ない気分である。
 とはいえ、私にも長年の軋轢がない訳ではない。故に、いつか心の整理がついた時にイレーヌの元を訪ねることにしよう。血は繋がっていないが、それでもきっと姉として。