綾乃が健人にぎゅっと抱きついた。

「たくさん…その、可愛いとかそういう前向きになれる言葉をくれてありがとう。健人くんのそういう言葉に励まされて、私は明日を頑張ろうって思えてるよ。」

 腕の力を綾乃なりに強めて、気持ちよ伝われと念を込める。これから大事にしていく人なのだ、あなたはと。大事にしていきたい人なんだと、どうか伝わって…ーーーその想いは、腕の力と、綾乃の方から抱きついたという事実から伝わってほしい。

「…前向きになれますか?」
「うん。とっても。自信がないところはすぐなくならないけど、それでもいっかって思える。」
「役に立てていますか?」
「前から十分すぎるくらい、役に立つというか…甘えさせてもらってるなって思ってる。どちらかといえば、もっと私が頑張らなきゃなって。」
「…嬉しい、です。」

 いつの間にか綾乃の背に回った健人の腕。たった数回しか抱きしめたことも、抱きしめられたこともないのに、この不思議なほどの安心感がどこからくるのか。

「…健人くんって。」
「はい。」

 抱きしめたまま、綾乃は尋ねる。

「香水とか…つけてる?」
「香水?持ってないです。あった方がいいですか?」
「…そっか、香水じゃなくて柔軟剤かなぁ。ほわっといい匂いでね、安心する。」
「柔軟剤…ちょっと銘柄を確認しますね。」
「うん、今度教えてね。」
「はい。でも僕は…。」

 ふと、綾乃の頭上に少しだけ重みを感じた。

「綾乃さんの香りが好きです。」
「な、なんか匂う?どれの匂いだろう。柔軟剤とシャンプー…全然バラバラの匂いだよ。」
「どれとかじゃなくて、綾乃さんの香りですね。」
「なにそれ~?」

 スンスンとかすかに匂いをかぐ音がする中、ピンポンとチャイムが鳴る。

「へっ?」
「あ、お邪魔ですね、僕。帰ります。」
「…ちょっと待ってね。すごーく嫌な気がする。」