「嬉しいな。王子様みたいなんて、初めて言われた…。」
「…結構、言動も行動もナチュラル王子様だよ、健人くん。」
「じゃあ…。」

 綾乃の視界が健人のせいで陰る。思わず目を瞑ると、おでこのあたりで軽く唇の音が鳴った。

「ほっぺより、おでこの方が難易度低くないですか?」

 健人の顔が頬の真横に来ることを想像したら、確かに頬よりおでこの方が難易度は格段に低いように思われた。

「そっ…そうかもだけどっ…。」
「…キスってなんでするのかなって思っていましたけど…ちょっとわかったような気がします。」
「え…?」
「…好きですよ、大事ですよって言葉じゃ足りないなって思った時に、したくなるんだなって。」

 健人は綾乃の頬に指でツンと触れた。

「…手と、おでこと…ほっぺ。しばらく練習させてください。」
「…う、じゃあ、あの…私もやり返していいかな?」

 『傍にいる』という選択をした今日、きっと勇気がある日だと思うから。
 健人の肩に手を置いて、そっと綾乃はその頬に唇を寄せた。軽く触れて離れるときに、音を立てるつもりがなかったのに軽く音が鳴ってしまって、それが羞恥心を煽った。

「…これ、僕もやり返したくなっちゃって、終わらなくなりそうなんですけど。」
「やり返しだめ!終わりっ!」
「…じゃあ、今度やり返しますからね。」
「…うう…。強いよ、健人くん。」

 少しだけ腫れた目で、それでも嬉しそうに微笑む健人を見つめて、綾乃は赤い頬のまま微笑み返した。