「あっ!」
「ん?どうしたの?」
「綾乃さんの洋服にシミ作っちゃいました…すみません。」

 鼻をすすりながら、綾乃の肩から頭を上げて謝罪した。ぽろぽろと落ちていく涙は相も変わらず自分ではコントロールができなくて、きっとこんな顔を見せたら不安にさせてしまうだろうし、びっくりもさせてしまうだろう。そう思っていた健人の視界に入ったのは、少しだけ目尻を下げて微笑む綾乃だった。

「シミなんてどうでもいいよ。それよりも、そんなに静かに泣くんだね、健人くん。そっちにびっくりしちゃった。」
「…多分、癖で…。」

 こうなるとしばらく止まらないのはわかっていた。目をこするのは悪手だと知っているが他に涙を拭えるものがない。

「あ、だめだよ。こすると腫れちゃうから…あ、このまま肩貸すよ。今近くにタオルないし。」
「でも、綾乃さんの洋服汚れちゃうので…。」
「いいよ。泣かせちゃったの、私でしょう?責任取るよ。ね?」
「…綾乃さんのせいじゃ…。」
「うん。だけど、健人くんにゆっくり泣いてほしいし、…かといってずっと泣いててほしいわけでもないから、まずは手ごろなハンカチだと思って使って?」
「ごめん…なさい…。」
「大丈夫だよ。」

 綾乃は腕を広げた。また健人の目から一粒、また一粒と涙がこぼれ落ちた。健人は力なく綾乃の肩に顔を埋める。綾乃はその背にぎゅっと腕を回した。リズムよく背中を軽く叩く。昔、弟にしてあげた記憶を手繰り寄せながら。
 耳元から鼻をすする音だけが時々聞こえて、綾乃の胸はきゅっと苦しくなった。幾度となく、きっと一人でこうやって泣いてきたのだろう。オーナーに心配をかけたくないと、それを一番に思っただろうから。会ったことのない、高校生の健人を想うと切なくて、悲しくて綾乃の腕には自然と力が入った。

「ゆっくりで大丈夫だからね。」
「……。」

 綾乃の肩で小さく頷く健人の振動が伝わった。綾乃の背に回った手が、遠慮がちに綾乃の服を掴む。