「綾乃さんのことをぎゅってしたいんですけど…だめ、ですか?」
「だ、め…ではないけど、わ、私はどうしたら?このままでいいの?」
「じゃあ、腕、広げてください。」
「こ、こう?」
「はい。」

 綾乃が広げた腕の中に健人が入ってきて、そのまま長い腕で綾乃をぎゅっと抱きしめた。健人の背中に回った綾乃の手は行き場をなくして彷徨うが、少しだけ頑張って右腕を健人の頭に伸ばしてみた。健人の頭も綾乃の肩に埋まるように乗せられていたため、意外とすんなりと届く。

「え?」
「やっぱりふわふわ。」
「綾乃さん?」
「…色々怖かったと思うけど、頑張って気持ちを伝えてくれてありがとう。…ふふ、いい子いい子。」

* * *

 頭が優しく撫でられると、懐かしい感覚が戻ってきて不意に涙が込み上げた。自分が子供だった頃のように頭を撫でられる日は、もう二度とこないと思っていた。
 思わず少し強く綾乃を抱きしめると、焦ったように綾乃が口を開いた。

「あっ!違うよ?子供扱いしてるとか、そういうんじゃないからね?」
「…もう少しだけでいいんで。」
「…うん。」
「続けてもらっていいですか、頭撫でるの。」
「…うん、いいよ。」

 綾乃の手が一定のリズムで頭を撫でていく。その優しい手つきに余計に涙が止まらなかった。こんな風に声も上げずに静かに泣くのは久しぶりだった。1年と少し前は時折やっていたというのに。