「…薄れていないし、今も時折寂しいと思うけど、でもその寂しい気持ちは…綾乃さんに会えた日に戻ってくることはなくて。」
「…私といると、寂しくないの?」
「…はい。綾乃さんに会えた日は、あったかい気持ちです。こういう気持ちが、まだ自分に残っていたことに気付けて嬉しかった。その相手が綾乃さんで、僕は…出会った時からずっと、嬉しいんですよ。だから、たとえば気持ちが成就しなくても、綾乃さんとの関係が、お店の店員とお客さんのままでも、僕は綾乃さんに気持ちを伝えてよかったと思えるんです。だってまだ僕にも、誰かを想える心があったってことがわかったから。」

 握られていない方の手を回して、綾乃は健人の胸に軽く頭を預けた。

「あ…綾乃…さん?」
「…私は、年上なのにいろんなことをリードしてあげることができないし、男の人がされて嬉しいことも実はあんまりよくわかってないし、恋愛経験は少ないし、いちいち照れてしまうし、好きって気持ちを言葉にするのも照れてなかなかできないし。」
「…はい。」
「本当は人前で泣きたくないし。」
「…泣かせてしまってごめんなさい。」
「健人くんのせいじゃないの…私がへっぽこだからなので…。あと、上手に甘えることもあまり得意じゃないし、可愛くもない。」
「…可愛くないっていうのは否定してもいいですか?」
「…健人くんはちょっと目が悪いよ。」
「視力、ずっといいですよ、僕。」
「もう!」

 ぐりぐりと頭をこすりつける。ははと軽い笑い声が、綾乃の頭上から降ってくる。

「たくさん苦手なことがあって、恋愛に大失敗したこともあって、だから…うまくできないかもしれないけど、そういう私で、…そういう私が、私の本体だけど、それでも健人くんは、わ、私と付き合いたいって、思ってくれる?」
「はい。」

 綾乃の背中に、健人の空いていたほうの腕が回された。温かさと、優しくて好きな香りが綾乃を包む。