健人がゆっくり立ち上がって、綾乃の隣に座った。

「僕も2回デートをして、知らなかった綾乃さんをたくさん知って、やっぱり好きだなって思いました。…それと同時に、きっと綾乃さんは可愛くて優しい人だから、自分ではつりあわないなという気持ちも、…あって。」
「そんなことは…絶対、ない。」
「ありますよ。すべてが初めてな僕はきっと、綾乃さんの期待に応えられないだろうし、うまくリードだってできない。それでも…。」

 綾乃は、健人の着ていたシャツの袖を掴んだ。

「…違うの。期待に応えられないのは、私の方なの。自信がない。自信、ない。健人くんが折角伸ばしてくれた手を掴みたいのに、掴んだ後に傷つけちゃうのが嫌…で。」

 綾乃の手の上に、健人の手が乗った。優しく上から握られると、綾乃の目から涙が一筋こぼれ落ちた。

「綾乃さんに話していない話を今からしますね。…僕にはもう、両親がいません。高校1年の時に事故で亡くなりました。」

 オーナーから聞いていた話だ。あえて触れずにきた話でもある。

「両親は僕を大切に育ててくれました。愛情を注がれるということがどういうことなのかもわかって育ってきたように思います。僕は両親が好きだったし、大事でした。それこそ、一番大事な存在でした。好きな人とか、そういうのがいなかったですしね。」
「…うん。愛情をかけられてきたから優しいんだね。」
「…ありがとうございます。でも、両親がいなくなって、やっぱり受け止めきれなくて。」

 『受け止めきれなくて』の言葉が震えたのがわかって、綾乃のシャツを掴む手に力が入る。

「…そんな僕を引き取ってくれたのがオーナーです。母の兄なんですけど、母と同じで優しく見守りながら、傍にいてくれました。それでも僕はなかなか立ち直れなくて、同級生とも距離を置いて、親しい人は作りたくなくて。…だから、一般的な人付き合いがいまだによくわかっていません。」