* * *

「あー…いい香りでいっぱいで…良かった…。」
「はい。途中でぐっと匂いが強くなりましたね。」
「ね。あ、でも健人くん、大丈夫だった?」
「はい。アロマ系の柔らかい香りは好きですよ、僕。」
「良かった…。」

 健人の手が綾乃の手を絡めとる。さっきとは違う手のつなぎ方に、綾乃の心臓が不自然に音を立てた。

「!?」
「あっ、嫌ですか?」
「び、びっくりしただけ!ごめん、過剰反応しちゃって。」
「嫌じゃないなら、このままでもいいですか?」
「は、はい!」
「やってみたかったこと一つ、叶いました。」
「…くっ…。」
「くっ…?」

 首を傾げる健人に、綾乃は頭を抱えた。

(…いやいや、可愛すぎて心臓がもたん…。)

「大丈夫、こっちの話。」
「休憩します?あ、それとも何か食べますか?」
「うーん…あ、クレープ食べない?」
「クレープ?」
「このフロアにクレープ屋さんがあったはず。甘いものは平気?」
「はい、好きです。」
「じゃあちょこっと、おやつの時間にしよう。」

 クレープ店に向かうと、やや列ができていた。

「…このくらい並ぶのは、我慢できるタイプ?」
「え、はい。」
「あ、良かった。並んでる間に何にするか決めよう。」
「はい。」

 クレープを食べること自体、久しぶりだ。看板にあるメニューとにらめっこしてしまう。

「綾乃さん…悩んでますか?」
「あ、うん。健人くん、決まってる?」
「あ、いえ。ちなみに、何で悩んでますか?」
「えっとね、このいちごブラウニーか、いちごミルフィーユのどっちかにしようと思ってて。」
「…綾乃さんが、嫌じゃなかったらでいいんですけど、半分こしますか?」
「へっ?」

 少しだけ距離が詰められて、耳にかすりかけた吐息交じりの声にまた心臓が不規則に鳴った。