チケットのQRコードをかざして中に入ると、もうすでに少しだけ不思議な香りが漂っていた。

「もうなんか、さっきの部屋と違う匂いがするね。」
「なんでしょうねこれ…海?海感があるというか…。」
「ちょっとわかるかも。完全な海って感じじゃなくて、海を何となく感じる香り。」
「はい。…綾乃さん、ちょっといつもよりテンションが高くなってますね。」
「久しぶりだからかな、結構わくわくしてる。」

 繋がれた手に、きゅっと力が込められる。不思議に思って健人の目をまじまじと見つめると、何かに耐えたような顔をした健人と少しだけ目が合って、すぐ逸らされた。

「綾乃さん、今日ずっとこんな感じで可愛いままなんですか?」
「へっ!?あ、いや、お、落ち着くね。ごめんね、はしゃいでで。」
「そのままでいてほしいんですけど、時々ぎゅって強く握っちゃったらごめんなさい。可愛すぎるーっていう気持ちが行き場をなくしたときの動きだと思ってください。」
「か、可愛くないよ!普通!」
「…普通がこれってことは、もっと可愛いがあるんですか?」
「ないよ!」

 攻撃力が高いことはわかっていたはずだったが、こうも高いとは思わなかった。真っすぐに繰り出される『可愛い』の言葉はいちいち綾乃の頬を赤く染めてしまう。

「席ここ!どっちがいい?」
「綾乃さん、先に座ってください。」

 そっと手が離れて綾乃が先に座席の前に立った。コートを脱いで軽く丸めてから座ると、それに倣って健人も同じように座った。

「このまま倒れるともっと見えやすくなるよ。」

 プラネタリウムの座席はリクライニングシートになっている。少し後方の座席を選んだため、全体が見渡しやすい席だ。

「こんなに快適なんですか、最近のプラネタリウムは。」
「最近のって、健人くん若いのに!」
「多分、小学生とかそのとき以来、来てないと思います。」
「まぁでも確かに。私も大学生とかになってからだなぁ。」
「プラネタリウムの進化を感じています。」
「あはは、なるほど!じゃあ、感想は後程ね。」
「はい。」

 綾乃は天井を見つめた。このプラネタリウムの45分の間に、火照った頬を元通りにしなければ。