「前にも話したけど、私には耐性がありません。」
「えっと、何への耐性ですか?」
「恋愛絡み全般の、です。」
「…はい…?」

 きょとんとした顔も可愛い…ではなくて、と最後まで思考を取られずに話し終えたい。頭を軽く振って、綾乃は言葉を続けた。

「手を繋いで…もらってもいい?」
「え?」
「ちょこちょこ手がぶつかるとね、気になっちゃって。だからいっそ、歩くときは手を繋ぐっていう風にしてくれた方が慣れるかな…と。」

 言ってしまって思ったが、まあまあ恥ずかしいことを口走っている。言ったことに対する羞恥心が追い付くと、耳と頬が熱くなった。

「手、繋いでいいんですか?」
「慣れるために…お願いします。」

 二人で帰った夜の時のように、柔らかく差し出された手を綾乃はそっと握った。伝わる温かさは変わらずに心地よかった。

「本当にいつでもあったかいね、健人くんの手。」
「はい。暖を取ってください。」
「うん。ありがとう。」

 ただ、手を繋いで歩くだけ。人ごみに出れば、数多くの人がしているそれは、自分が当人でなければ流れゆく景色と変わらない。実際、ここのところずっと景色だった。しかし今の綾乃にとっては、ふふと笑みが浮かんでくるくらいには嬉しくて、心が温かくなる出来事だった。

「あっ、鬱陶しくなったら言ってね!」
「鬱陶しくなんてならないですよ。綾乃さん、僕が綾乃さんを好きって言ったの、忘れてますか?」
「わ、忘れてません!」
「好きな人から手を繋ぎたいって言われたら、にやにやしちゃいますよ。今、一生懸命普通の顔になるようにしてます。」
「ちょっと赤いだけで、普通だよ?」
「頑張ってるんです。」
「頑張ってるんだ。可愛いね。」

 手を伸ばして頬をツンとつつきたくなったが、さすがにその勇気は出ずに綾乃は右手を引っ込めた。