あっという間に閉店時間になり、綾乃も席を立つ。

「相談にのってくださってありがとうございました。気持ちが楽になりました。」

 オーナーに頭を下げる。オーナーのアドバイスがなければ、今日もおそらくもやもやしていただろうから。

「いえいえ。湯本さんの気持ちが楽になったのならば何よりですよ。」
「綾乃さん、送ります。」
「えっ、でも…。」
「帰り、気をつけて帰ってきなさい、健人。」
「うん。ありがとう。」

 健人に背中を軽く押されて、店内を後にする。2月の夜風はまだまだ冷たい。小さく息を吐くと、それはもれなく白く染まった。

「健人くん、寒くないの?」
「はい。なんか、体温が高いみたいなんです。だから手とかも結構あったかいままなんです。」

 健人が立ち止まった。そしてそっと手が差し出される。その手に指先を乗せると、触れた部分は確かに温かかった。冷え込む夜に伝わる温かさに、綾乃は微笑んだ。

「ほんとだ、あったかいね。」
「あの、綾乃さん。」
「ん?」
「このまま、手を繋いで帰るっていうのは、だめですか?」
「へっ!?」

 素っ頓狂な声が出てしまった。差し出された手に自分の手を乗せてしまっているのも、冷静に考えれば変な状況かもしれない。

「手を繋いで歩いてみたくて。」
「…な、なるほど。健人くんの手みたいにほかほかじゃなくても良ければ…。」
「はい、ありがとうございます。」

 一度離れて、そっと握られた手はやっぱり温かく、さっきよりも触れる面積が広いからなのか、綾乃の手まで温まってきた気さえした。