「何を悩んでいますか?」

 オーナーが穏やかに聞いてくれるからこそ、綾乃もするすると悩みの種を吐き出していた。前から話しやすい人ではあったけれど、今は前よりもずっと温かい目で自分を見つめてくれている気がする。

「デート場所、私の服装、髪型、ご飯でのお金は全額払うつもりだとそれはそれで嫌かなとか…細かいことだとは思うんですけど、気になっちゃって…。」
「なるほど。そうですね…デート場所は、湯本さんが行きたいけど、カップルが多くてちょっと敬遠してしまうところ、というのはどうでしょうか?」
「カップルが多くて敬遠…。」
「さて、本日は何か食べますか?飲み物だけにしましょうか?考えるのに、ちょっとしたお供をご用意いたしますよ。」
「あっ、そうでした!注文します!」

 綾乃は慌ててメニュー表を開いた。時間も時間なので、サラダとスープ、ホットティーを注文し、先に出されたホットティーに口をつけながら、『カップルが多くて敬遠している場所』を思い浮かべる。

「健人。仕込みは僕がやるから、ちょっとこっちに来なさい。」
「え?」
「お、オーナー?」

 オーナーが手招きして、座るように促したのは綾乃の隣の席だった。閉店30分前の店内は人もほぼおらず、オーナー一人で回せると判断したのだろう。

「2人でちゃんと話し合って、デートプランを考えること。湯本さんも相当悩んでいるけど、健人も充分悩んでいただろう?2人のことは2人で悩みなさい。これは年長者からの教えだよ。」

 そう言ってオーナーは柔らかく微笑んだ。そして、テーブルの食器の後片付けに向かった。カウンター席に残されたのは、妙に気まずい綾乃と、何を言おうか言葉を探している健人だった。