「…そんなこと、ないと思いますけど。」
「あ、じゃあお腹の肉触る?すごいんだからー。」
「さ、触らないですよ!」
「え、顔真っ赤ー!えへへーもしかして照れちゃったぁ?」

 セクハラ発言にも程がある。ただ、覗き込んだ先にあった顔が思っていたよりも赤く染まっていて、それが一段と可愛く見えてしまったら口が止まらなかった。酔った思考回路は何をしでかすかわかったものじゃない。
 ふざけすぎたのか足がもたついてしまい、咄嗟に健人の腕に抱きついてしまった。綾乃は酔っ払いのテンションのまま、口を開く。

「健人くん?どったのー?」

 確かに支えがある方が体が楽だなんてことをぼんやりと考えていた。次にくる言葉に、酔いを醒まされることも知らずに。

「けーんーとーくーん?」
「…やっぱり、おんぶさせてください。嫌じゃない、…なら。僕じゃ頼りないかもしれないけど、それでも綾乃さんをちゃんと家まで送り届けることはできます。」

 向けられた目は、知っていたはずの人の目には思えないほど真っすぐで、逃がさないとでも言われているかのようだった。赤い頬は寒さのせいだ、きっと。そう思うものの、急激に酔いが醒めていくのを感じる。

「健人…くん?」
「はい、乗ってください。」

 綾乃の目の前で、健人はすっと屈んだ。

「…重いよ?」
「綾乃さんくらいは余裕です。」

 優しさを受け取ったら、健人の前で泣いてしまうかもしれない。そうはしたくなかったのに逃げることもできなくて、綾乃は健人の背中に体重を預けた。途端に体がすっと楽になり、体は正直に疲れやだるさをずっと訴えていたことを感じる。おんぶなんて幼少期以来かもしれない。意外と不安定で揺れもあり、綾乃は健人の首にぎゅっと腕を回した。