* * *

 1時間もしないうちに、綾乃のワインを飲むスピードはがくんと落ちた。呂律が怪しくなって、涙腺が緩みそうでなんとか堪えている、そんな状態でつまみとして頼んだポテトをフォークで1本ずつ刺しては食べている。
 綾乃がそのままだらだらと飲み食いを続けているうちに閉店時間も近付き、客も着々と帰宅していく。気付けば店に残ったのは綾乃だけだった。

「…あれぇ、もう閉店時間ですね、すみません、長居しちゃって。お会計、お願いします。」
「フラフラじゃないですか。もう少し酔いが醒めてから動いた方が…。」
「いやでも、閉店時間ですし、これなら多分、帰ってすぐ寝れちゃうと思うんで。」

 コートを何とか羽織った綾乃のすぐ横に健人は立った。いつふらっと倒れてもおかしくないと思ったからだった。

「健人、湯本さんを家まで送ったらどうかな?」
「あぁ~大丈夫ですよ、ちゃんと帰れますって。健人くん、大丈夫だからね。」

(…こんな状態の綾乃さんを一人で帰らせるなんて、俺が全然大丈夫じゃない。)

「送ります。」
「え?」
「お会計も、今日じゃなくて大丈夫ですから。また食べに来てくださったときに。」

 オーナーが綾乃に優しく微笑む。その笑顔の温かさに喉の奥がぐっと熱くなって、視界がゆらゆらする。こぼれ落ちないようにゆっくりと瞼を閉じてから、綾乃は再び目を開けた。

「健人、ちゃんと安全に送り届けなさいね。」
「うん。綾乃さん、帰りましょう。」
「わ、え、あの…。」
「ご来店、ありがとうございました。」

 そう言うオーナーに背中を少し押され、その後は健人が軽く押して、綾乃は外に出た。