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 年が明け、あっという間に1月も終わりに差し掛かった金曜日。綾乃が今にも泣きそうな顔で来店した。

「…席、空いてますか?」
「は、はい。でもあの…何かありましたか?」
「……あったので、いっぱい食べていいですか。」
「も、もちろんです。」

 健人にとっては初めて見る表情だった。泣きそうだが、決して泣くものかという強い決意のようなものも見える。いつも通りのカウンター席を案内して、綾乃の様子を見つつ、他の客のオーダーを取る。タイミングが合わず、綾乃のオーダーは取れなかった。

「…湯本さん。」
「はい。」
「…本当にこんなにお飲みになるんですか?」
「はい。」
「お酒、強くないとおっしゃっていたように記憶していますが…。」
「全部忘れたいんです、少なくとも今日は。だからお酒の力を借ります。」
「…わかりました。ゆっくり飲んでくださいね。」
「ありがとうございます。」

 フロアからキッチンに戻った健人に、オーナーが小さな声で言った。

「1本目だけ、湯本さんのオーダー通りに大きいボトルにして。あとは酔い具合を見てだけど、小さめのボトルに切り替えようと思う。」
「…どういうこと?」
「何か仕事で嫌なことがあったみたいだ。全部忘れたいと。」
「…そういうの、初めてだね。」
「うん。でも、アルコール中毒とかになっても困るので、なんとか気持ちを落ち着けられるように見つつ、ほどよく酔えるように出していこう。飲むペースはなんとなく見張るけど、健人も気をつけて見るんだよ。」
「わかった。」

 泣きそうで、それでも堪えていたのはこれが理由だったのかと納得した。出されたボトルにすぐに手をつけ、ぐいっと飲み干すその手を止めたくなって、しかしそれはできなくて健人は次のテーブルに向かった。