ドラマや映画で見てきたようなプロポーズのシーンが、あまりにも自然に目の前で展開されている。スッととられた左手に触れる手の温度はいつも通りなのに、光るものはいつも通りではないのだから緊張が走る。

「…指輪、ここにはめてもいい?」

 綾乃は小さく頷いた。

「…びっくりなんだけど…。」
「内緒で準備してたからね。綾乃ちゃんに似合うの探すの、楽しかったよ。」

 ぴったりとはまる、シンプルな指輪だ。真ん中に小さくダイヤが光っている。

「待って。これ、ダイヤ?本物の?」
「うん。」
「待って待って!高いじゃんこんなの!」
「だって、綾乃ちゃんに結婚してほしいってお願いするのにそれ相応のものは必要でしょ?あ、やっぱり可愛い。いっぱい装飾があるものよりこういう方が似合うかなって思ってて、でも綾乃ちゃんを連れていくわけにもいかなかったから…。うん。似合っててよかった。」

 健人が愛おしそうに綾乃の薬指を撫でた。目が合うと、健人は照れながら笑った。

「…こんなに素敵なもの…ありがとう。」
「喜んでもらえてよかった。…あの、綾乃ちゃんに一つ、お願いがあります。」
「何でもします!何でしょう?」
「俺にも指輪、はめてくれる?」
「…いいの?」
「いいよ。綾乃ちゃん以外に誰がやってくれるの?」
「それもそうか。じゃあ、や、やります!」

 生まれて初めて触れる、高級そうな箱に高級そうな指輪。誰かの指に指輪をはめてあげることも初めてだった。いつもと同じ、よく知る手なのに、そっと持った手にもそこに指輪をはめるという動きのどちらにも緊張してぎこちなくなってしまった。なんとか指輪をはめ終えるとふうと小さく息が零れた。

「…すごい仕事した気分。」
「え?そんなに緊張した?」
「だって生まれて初めてやったし、健人はすごくスムーズだったから…。」
「結婚してくださいって言うことの方が緊張したもん。それに比べたらこっちはそんなに緊張しないよ。…お願いきいてくれてありがとう。」

 左手の薬指に光る、同じデザインの指輪。

「…お揃いのパジャマ、マグカップ…他にも色々あったけど、ようやくここまでこれた。」
「ここまで?」
「綾乃ちゃんと歩幅が揃うところまで。」
「…歩幅、かぁ。どっちかが早く歩いても、見えなくなるまで先に行かないし、遅かったら気付く。健人と私ってずっとそういう距離感だったと思う。…これからもずっと、こういう歩幅でいてくれると嬉しいです。」
「うん。ずっとずっと、綾乃ちゃんのこと大事にします。」

 綾乃の方からぎゅっと健人に抱きついた。健人が優しく抱き返す。

「…綾乃ちゃん。」
「なに?」
「今日も大好き!」
「うん。…私もだよ。」