「…あの、先に聞いてもいい?」
「うん。」
「悪い話、ではないよね?」
「うっ…うん。…でも、ずっと、今日言おうって決めてた話を今からします。」
「は、はいっ!」

 そっと触れた、いつも通り優しい温度の健人の手。綾乃が膝の上に軽く握っていた手の上を覆うように健人の大きな手が乗った。

「綾乃ちゃん。」
「はい!」
「…結婚してください。」
「…あ、え…結婚?」

 健人は静かに頷いた。

「綾乃ちゃんとずっと傍にいるために、…これからもずっと、同じ歩幅で歩いていきたいです。もっと前から考えていたことだけど、大学生が終わる日がようやく綾乃ちゃんの横に立てる日かなって。結婚してほしいってことを伝えるには、綾乃ちゃんと同じ位置までいってからだなと、…思ってて。もちろん、社会人の経験とかは綾乃ちゃんに全然追いつかないし、それは一生追い付かないんだけど、それでも、大学生の自分よりは、社会人になる自分の方が自信をもって綾乃ちゃんにこれから先、ずっとを約束してほしいって言える。」
「…真面目だね、ほんと。…ね、ぎゅーってしていい?」
「うん。して?」

 健人の腕が開かれる。その腕の中に迷いなく飛び込んで、スーツがしわになることも気にせず綾乃もぎゅっと抱きしめた。

「てっきり着替えて出てくると思ってたのに、スーツで出てきたから緊張したよ。」
「大事な話だから…しっかりした格好の方がいいかなって。」
「じゃあ私ももっとしっかりした格好したよ!」
「綾乃ちゃんはいいの。何着てても可愛いし、ずっと俺の前を歩いててかっこいいもん。」
「…前、歩いてなかったよ。ずーっと隣に健人がいたよ。」
「じゃあ俺だけかな、綾乃ちゃんに敵わない、早く並び立ちたいなって思ってたの。」
「絶対そう。…でも、ありがとう。可愛いって言われるのも嬉しいけど、かっこいいも嬉しい。…これから先を考えてくれたことも、嬉しい。ありがとう。」

 健人の耳元に、綾乃の声が落ちる。健人が腕の力を緩めるとそれに応じて綾乃の腕も緩む。少しだけ二人の間に距離ができて、視線が絡み合う。最初にスーツを着た頃はちぐはぐだったはずなのに、今ではスーツ姿がかっこよく見えるようになってしまったのだから困る。妙に、照れる。主に綾乃が。