* * *

―2年後、3月中旬―

 ガチャという音が鳴り、綾乃は慌てて玄関に向かった。

「ただいまー。」
「おかえり!」

 22歳の健人の誕生日に綾乃がプレゼントしたスーツをまとって、健人は今日の卒業式に出席した。綾乃は午前中、どうしても外せない仕事があり出勤したが、午後は休みにして帰ってきていた。健人も卒業式後、友人たちと食事をして、もうすぐ夕方になるくらいの時間帯に帰ってきた。

「卒業、おめでとう。」
「うん、ありがとう。ちゃんと卒業証書、もらったよ。」
「…大学生として出会った健人が大学生を終えちゃうなんて…感慨深い…。」
「ね。なんだか始まったらあっという間だった。…あっという間だったのは、綾乃ちゃんがいてくれたからだよ。」
「どういうこと?」
「毎日楽しかったから、あっという間だったの。ずっと隣にいてくれて、ありがとう。」
「どういたしまして!」

 綾乃が笑うと、健人も笑う。そうやって、笑顔はずっと連鎖しながら過ごしてきた。4年生の早い段階で就職が決まり、それ以外は特に日々、あまり変わらずに日々を過ごしてきた。付き合って3年、同棲を初めて2年半ほどが経つ。振り返れば本当にあっという間だった。

「ご飯にするには時間が早いからまだ用意してないけど、今日は私作るからね。」
「綾乃ちゃんのご飯、楽しみ。前言ってたビーフシチュー?」
「うん。今日、ちょっと寒かったし丁度良いよね。卒業おめでとうケーキもあるけど今食べる?食後にする?」
「食後にしようかな。あ、えっと、綾乃ちゃん。」
「ん、何?」
「ちょっと話したいことがあるので、あの、リビングにいてもらってもいい?一旦荷物置いてくるので。」
「…?よくわかんないけど、わかった。」
「うん、ありがとう。」

 このタイミングで折り入って話というのはどういうことだろうと綾乃は首を傾げるが、健人の表情を見るに悪い話ではないように思う。そもそも、健人から悪い話を切り出されたことなどないのだが。
 少しそわそわした気持ちを抱えながら、綾乃はリビングのソファに腰掛けた。すると、しばらくしてスーツのままの健人が現れた。てっきりいつも通りの適当にラフな格好に着替えてくるものだと思っていた綾乃は戸惑って、一瞬目が泳いだ。緊張した面持ちで、健人が綾乃の隣に座った。