「おかーさん、瑠生が腹ペコらしくて…って何!?」
「綾乃!いいところに!健人くんの緊急事態!」
「え、いや、何?お母さんが泣かせたの!?」
「あら、人聞きの悪い!私がそんなことするわけないでしょう?」
「さすがにそうだよね。どうしたの?めちゃくちゃ泣くの我慢してるときみたいに見えるんだけど。」
「…今、我慢してる。」
「なんで?」
「…お母さんが、重なって見えた。」
「あ、あー…なるほど。そっか。それじゃ仕方ない。大丈夫、大丈夫。」

 綾乃は健人の背中をぽんぽんと軽く叩く。

「健人、話しちゃっても大丈夫?自分で話す?」
「…自分で、話す。」

 少しだけ鼻をすすってから、健人は口を開いた。

「僕、両親がもういなくて。…だからさっき、ふとその…母を思い出してしまいました。重ねてしまったというか、重なってしまったというか。綾乃さんのお家があったかくて…あと僕は結構泣き虫なので、慣れるまでは時々思い出してしまってこうなっちゃいそうです。」
「じゃあ、慣れるまでいっぱい一緒に料理をしましょう。私も対処法がわかればびっくりしなくて済むし。」
「…こういう母だよ。だから心配しなくて大丈夫。泣いても喚いても、なんとかなるし、なんとかするし。」
「ありがとう、ございます。」

 綾乃は健人の背中を再び軽く叩いた。本当は抱きしめて落ち着かせてあげたかったが、さすがに母の前でそうするのは憚られる。

「で、話し戻すけど、瑠生は腹ペコなのと健人の作る料理がなんでも食べたいらしくて…。ラーメンもやろっか。」
「うん。チャーハン、とりあえず作って先に出しちゃいますね。」
「そうね。じゃあ錦糸卵を作ろうかしら。綾乃はできたものをどんどん運んでね。というか、うちの男2人は何してるの?」
「なんか、リビングで健人とゲームしたいとか何とか言ってて、ボードゲームとか掘り出したり並べたりしてる。」
「そんなの今日じゃなくてもっと前からやればいいのに。」
「っていうかさ、修学旅行じゃないんだからそんなに遊ぼうってしなくてよくない?」

 湯本家は仲がよくて、温かい。迎えてもらった瞬間からわかっていたことだが、4人の関係性から伝わる温かさが少しだけ寂しくて、嬉しい。そのごちゃ混ぜになった気持ちが涙を引き寄せてしまうけれど、こればかりは自分で折り合いをつけていくしかないことだ。なるべくならば、余計な心配をさせないために泣かずに、と健人は静かに思いながらフライパンを握った。