「本当に料理する子なのね、健人くん。若いのにすごいわ。」
「…最初は仕方なくやり始めたことだったんですけど、今は…綾乃さんのおかげで好きなことの一つになりました。」
「本当に美味しそうに食べるわよね、あの子。」
「はい。いつも『ありがとう』『美味しい』ってたくさん言ってくれるので、だから僕ももっと色々作りたいなとか食べてもらいたいなとか思うようになって、…今は前よりももっと料理が好きです。」
「ふふふ、若いっていいわね。」
「えっ?あっ…す、すみません!喋りすぎました!」
「あらあら、真っ赤になっちゃって。いいのよ~。綾乃との話、たくさん聞きたいわ。あの子ったら全然話してくれないんだもの。」
「…そう、なんですか?」

 意外な詩乃の反応に、思わず問いかけた。綾乃は無口というわけではない。家族に話さないというのはどういうことなのだろうとよくない考えがふと浮かんだ。そんな様子を察してか、詩乃は再び笑顔で答える。

「そういう、二人が仲良くしてるって話は全然教えてくれないわよ?健人くんがいい子だって話はたくさんしてくれてるけれど。」
「え…?」

 初耳だった。健人の驚きように、詩乃は言葉をそのまま続けた。

「瑠生が突撃しちゃった日があったでしょう?あの後瑠生が帰ってきて、瑠生が話すってことがわかっていたからでしょうけど。瑠生が帰ってくるよりも先に綾乃から連絡があってね。」
「はい。」
「瑠生がいろんなことを言うと思うけど、ひとまず凄くいい人で、大切にしてもらってるから心配しないでって。色々落ち着いたらちゃんと自分が紹介するから、瑠生に根掘り葉掘り聞かないでってLINEで送るだけ送ってきて、すぐに返事をしたのだけど、それに返事も寄こさないでそのまんま、みたいなこともあったわね。」
「…ご挨拶が遅くなってしまってすみません。」
「ああ、そうじゃないのよ。…綾乃はあなたのことをすごく信頼していて、大切で、でも綾乃の中に何か解決していないことがあったんでしょう。だからあの時はまだだった。でも二人で何かを乗り越えたからこうして来てくれた。綾乃がとっても幸せそうで嬉しいのよ、私は。緊張する場所にわざわざ来てくれて本当にありがとう。」

 にっこりと笑う笑顔は綾乃に似ているのに、その奥に自分の母親が重なって見えて、急激に視界が滲む。

「あら?ネギがしみてしまった?」
「あっ…いえ、その、すみません!大丈夫です。」

 母親がもつ特有の温かさや、優しさ、そしてこうして過ごせる穏やかな時間。当たり前にあったはずなのに、今はもう手を伸ばせないものが近くに帰って来たような気がして、止めたい涙がじわじわと押し寄せる。