* * *

「…チャイム、鳴らします。」
「そんなに緊張してると、損するよ?」
「なんで?」
「絶対拍子抜けするから。」

 健人の指がチャイムを鳴らす。インターホン越しに明るい声が返ってくる。

「あっ!健人くんいらしたわよ!あなた!」
「今開けるね。」
「おっ、やっと来たか健人。」

 閑静な住宅地にある、ベージュの一戸建て。その玄関から出てきたのは目元が綾乃にそっくりな父だった。

「はじめまして。綾乃の父です。」
「は、はじめまして。咲州健人と申します。」
「健人!待ってたぞ!」
「瑠生さん、お久しぶりです。」
「暑い中わざわざきてくださってありがとうね。さ、ゆっくりしていってね。」

 笑った顔は綾乃より瑠生に似ている母が最後に登場し、湯本家が全員揃った。綾乃が想定していたことではあるが、全員の視線が健人にしか注がれておらず、綾乃は盛大にため息をついた。

「あのー私も帰ってきてるんですけど?」
「綾乃!今日健人、俺の部屋で寝てもらうってことでいいよな?」
「は?なんで?」
「そりゃー俺と健人は兄弟みたいなもんだし?語り合いたいよな?」
「えっ、あ、あの僕はどこでも大丈夫で…。」
「健人のこと困らせないように!これは全員に言ってるからね?とりあえず暑いから涼ませて。荷物、私の部屋に置いちゃお。行こ。」
「うん。お世話になります。よろしくお願いします。」

 健人が小さく頭を下げ、湯本家に足を踏み入れた。階段を上がり、手前の部屋が綾乃の部屋だった。

「綾乃ちゃんの部屋…!」
「高校生まで使ってた部屋ね。荷物どこに置いても大丈夫だよ。瑠生が寝るのはとかなんとか言ってたけど、とりあえずその件は保留ね。もうちょっとでお昼だから…お昼どうするのか聞いてみようか。健人は何が食べたいとかある?」
「…キッチンって、俺が立ったら邪魔しちゃうかな?」
「え?」
「ただ居るだけというか、何かしてもらうだけって申し訳ないから…手伝えることはやりたいんだけど…。」
「…喜ぶと思う、お母さん。」
「できればその、ご家族とも仲良く…って言葉じゃ合ってないかもだけど、仲良くなれたら嬉しいなって。」
「…ありがとね。そう思ってくれて。」

 綾乃は健人の手をぎゅっと握った。少し上にある健人の目を見て、にっこり笑う。

「健人がしたいこと、していいからね。何か他にはある?」
「…綾乃ちゃんが過ごした場所を、もうちょっと涼しくなったら見て回りたい。」
「田舎だからそんなに色々ないけど、夕方からちょっと散歩しよっか。」
「うん。」