「お忙しいところすみません。泊めていただくことになりまして…。決してご迷惑はかけませんので!」
「いえいえ。綾乃さんに来てもらえて嬉しくて、まだ一緒に居たいってわがままを言ったのは健人でしょうし。明日のご予定とかに差し障りはないですか?」
「はい、大丈夫です。えっと、オーナーさんは何時くらいにご帰宅予定ですか?」
「そうですね、1時間はかかるかと。」
「わかりました。その間に準備して、オーナーさんがすぐに休めるようにしておきますね。」
「えっ?あ、いや、大丈夫ですよ。綾乃さんはゆっくりしてくださいね。」
「いえっ!健人くんと軽めに何か作って食べよっかって話をしていたので、お風呂上がりにみんなでつまみましょう。そんなにいっぱいは作りませんから!」
「…健人が作るって言ったんですか?」
「一緒に作ったら食べたくなるかもしれないし、食事は人数が多い方が楽しいよねって話をしたんですよ。なので、ちょっとだけ楽しみにして帰ってきてくださいね。…って、お泊まりに来てる私が言うのも変ですけど。」
「…いえ。ありがとうございます。楽しみです。…ありがとう、綾乃さん。」

 耳元に静かに落ちたオーナーの声に、綾乃は頷いた。

「役に立てるように頑張りますね。」
「…ありがとう、ございます。」
「じゃあ、健人くんに返します。」

 綾乃からスマートフォンを受け取った健人は少しだけ話して、電話を切った。

「叔父さんが帰ってくるまで1時間くらいだから…。」
「シャワーを浴びてすっきりする、軽くつまめるものをつまむ、ちょっとだけお酒を飲む?」

 綾乃の問いに健人は頷いた。

「じゃあ綾乃ちゃん、お先にシャワー、どうぞ。」
「いや、ここは私が後では?」
「綾乃ちゃんの方がお風呂のあとのスキンケアとか、髪を乾かすとかいろんなことに時間が必要でしょ?俺はパッて終わるから後からでも綾乃ちゃんに追いつくよ。」
「うっ…合理的…。」
「ね?…本当は一緒に入りたいけど。」

 不意に綾乃の頬に触れた手。そして耳元に寄せられた声に、綾乃の頬はみるみるうちに赤く染まっていく。

「っ…オーナーさんのお家でそんなの無理だよ!」
「ってことは、綾乃ちゃんのお家ならいいの?」
「そ、そうは言ってない!もう私先に入る!」

 健人から逃げるように、綾乃は自分の荷物一式をもってバスルームに向かう。ドアを閉めてふぅと一息つく。

「…調子悪いんじゃなかったの…。あんな調子でぐいぐい来られたら…まずい。ほっぺ、ずっと赤い。」

 鏡に映る火照った顔の自分に、綾乃は盛大にため息をついた。