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 心地よい気だるさというのは、綾乃にとっては初めての経験だった。というのも、事が終わってからの健人は綾乃をずっと抱きしめて頭を撫でたままだからだった。何かを言うわけでもなく、ただずっとそれこそ本当に隙間がないくらいにぴったりとくっついて、離れようとしない。

「…ちゃんと、気持ちよかった?」

 沈黙を破ったのは綾乃だった。

「…それよりも、綾乃ちゃんに痛い思いさせてないかなとか、上手くできてるのかなとかが不安で、それどころじゃなかった…。」
「なにそれ~。」

 不安そうな子犬の瞳が綾乃をのぞき込む。

「綾乃ちゃんは嫌じゃなかった?痛くなかった?…俺のこと、嫌いにならなかった?」
「…嫌いな人に体許せるようなタイプに見えていたとしたら、それはそれでショックなんだけど。」
「そういう意味じゃ…!」
「ないよね。こうやって、何をするときでも私を一番に考えてくれる人だって知ってるから…私も一歩踏み出せたんだよ。だから嫌いになんてなってないし、ならない。…今日でもっと、好きだな、大事にしたいなって思った。…そんな顔しないでよ。」

 綾乃が健人の頬に手を伸ばすと、その手にすりすりと寄ってくる。体はそれなりに大きいのに、本当に子犬のような甘えっぷりに胸がきゅんと高鳴った。

「…今までって言っても、数は多くないんだけど…一度もね、気持ちいいとか思ったことがなくて、本当に痛いだけで、…あぁ、早く終わってくれないかなぁって思ってたけど、…今日はね、これが気持ちいいってことなのかもって思うことがたくさんあって、それがすっごく嬉しかった。ずっとずーっと、私の体と心を健人くんが気遣ってくれたからだよ。今もずっと頭撫でたり、ぎゅってしてくれたりしてるでしょ?…すごく安心して身を任せられるってこういうことなんだね。こういう、…当たり前じゃないけど、当たり前にあったらいいなって思う幸せな気持ちをくれてありがとう。」
「…気持ち、良かった?」
「うん。めちゃくちゃ大事にされてるじゃん私ー!って思った。」

 にっこりと笑う綾乃の唇が軽く塞がれた。

「…めちゃくちゃ大事だよ、綾乃ちゃんのこと。」
「うん。知ってるよ。言動でも態度でも改めて思い知ったところ。」
「いっぱい思い知って。」
「ふふ、うん。」

 一度おさまったはずの健人の熱が再び高まるのを感じる。

「…いやあの、…待ってね?」
「…待ったら、いいんですか?」
「え、いや?…明日、仕事だし…うん。」
「だって、綾乃さんが可愛いことばっかり言うから…。」
「私のせい!?」
「ずっと可愛いままなんだもん、綾乃さん。不可抗力!」
「…わ、わかった。とりあえず水分補給と休息。これは絶対必要!」
「はぁい。お水、持ってきますね。」

 よい笑顔の健人が、颯爽と寝室から出ていく。その背を見つつ、綾乃は静かに目を閉じた。