「ここ、触ってもいい?」

 ツンと、健人の指先が軽く触れたのは綾乃の胸の位置だった。人並みに性欲はあるんだ、なんて思いながら了承すると、思っていたところとは異なる部分に手が触れた。ブラの上から胸に触れるでもなく、綾乃の素肌を滑りながら、鼓動の響きが伝わるような位置でそっと止まったその手にはかすかな熱しかなく、綾乃の方が不安になった。

「…健人くん?」
「ちゃんと同じくらい速くて、安心した。」
「うん。緊張してるし、…それとは違うドキドキもある。…手、珍しく冷たいからあっためてあげるね。」

 健人の手に自分の両手を重ねて熱を分け合う。

「私も、確かめてもいい?」
「うん。」

 健人の胸に触れると、綾乃のものと同じくらい、いやそれ以上の心拍を感じる。

「すっごいドキドキしてる。」
「…ね。だって、こんな可愛い綾乃さんが目の前にいて、ドキドキしないの、…無理。」

 性急に唇が重ねられた。綾乃の背にゆっくりと健人の手が回り、そのままゆっくりとベッドに押し倒される。唇は重なったまま、時折呼吸のために離れて、そしてまたどちらからともなく重なる。

「…怖かったり、痛かったりしたら絶対、言ってね、綾乃さん。」
「健人くんも、ここ触られたくないなとかそういうのもだけど、してほしいことも言ってね。私もしてほしいこと、言うから。」
「してほしいこと、…なに?」
「もうすでにいっぱいしてるけど、…いっぱいキスしたい。あとね…。」
「うん。」
「緊張がほぐれるように、いっぱいぎゅってしよう。」
「…うん。」

 綾乃が健人の体をぎゅっと抱きしめる。そして、健人の耳元に唇を寄せた。

「…お誕生日おめでとう。生まれてきてくれたことも、辛いことがあっても生きることをやめないでいてくれたことも、誕生日にこうして一緒に過ごす人に私を選んでくれたことも全部、ありがとう。」

 それを言い終えた綾乃の視界は、またすぐに健人でいっぱいになった。余裕のない表情で綾乃の口を塞いだり、肌ひとつひとつに唇を落としていく中で、ふと健人と目が合った。

「あの…一つ、したいことがあって。」
「うん。」
「綾乃ちゃんって…呼んでもいいですか?」
「ん…うん!?」
「あ、やっぱりだめですか?」
「いや、だめじゃないけど…その、ちゃんって可愛すぎない?」
「…可愛いっていうのもあるんですけど、その、…少し距離が近付けたかなって思うので。」
「…じゃあ、私も呼び方、変えた方がいいかな?その…距離が近付いた記念…、に?」

 自分で言っていてわけがわからないと思いつつ、もし呼んでほしい呼び方があるならそれは叶えたい。

「…呼び捨てで、呼んでもらいたいです。」
「…健人?」
「はい。…嬉しいです。」
「う…高難易度だけど頑張るね。あ、じゃあさ、敬語もなしにしよ?」
「…敬語、なし。」
「うん。少しずつくだけた話し方になってるな~って思ってたけど、その方が私も距離が近くなったなって思えて嬉しいから。」
「…うん。頑張る、ね。」
「私も頑張る。」

 こつんと額が重なって、笑みがこぼれる。

「綾乃ちゃん。」
「なぁに?」
「…今日も、大好き。」