「…前から思ってたけどさ。」
「はい。」
「アイスティー淹れるの、本当に上手だよね。私がやってもこんな、お店みたいな感じにならない。」
「まぁ、普段はお店でも淹れてますしね。氷をケチらないことがコツです。」
「氷も絶妙にオシャレに残るからさ~!」
「感覚です、感覚。毎回同じようにはできないけど、何となくこんな感じかなって。」
「器用なんだよね、本当に。」
「料理関係だとそうかもしれませんけど、工作とかそういうのはからっきしですよ。」
「そうなの?」
「はい。発想力もそんなにないし、特に上手く作れた試しがないですね。」
「そっかぁ、意外。」
「そうですか?結構普通の冴えない子でしたよ。子供の頃も。」
 
 健人の口から子供の頃の話が出てくるのは珍しかった。ただ、少し糖分を摂取したことで心地よくなり、綾乃の瞼の調子が話を聞くにはよろしくない状態になってきてもいた。

「…今日さ、夜ご飯の時とかに。」
「はい。」
「健人くんの子供の頃の話、もっと聞きたい。」
「綾乃さんのことも教えてくれますか?」
「うん。話す。何でも聞いて。」
「楽しみだな。じゃあ、ちょっとお昼寝して休憩しましょう。瞼が重そう。」
「…不甲斐ない~ごめんね。」
「いいえ、全然。ソファで寝ます?ベッド?」
「ベッドで寝たら絶対起きない。1時間で起き上がる自信ない。」
「…もう、めちゃめちゃ疲れてる、綾乃さん。無理しちゃだめです。綾乃さんの邪魔しない程度に傍にいるにはどこにいたらいいかな…。」

 綾乃は健人のTシャツの裾を引いた。

「一緒に寝てくれるんじゃないの?」
「そうだった!一緒に寝ます。」
「健人くん、ここ座って。」
「はい。」

 綾乃に言われるがままに健人はソファに座った。綾乃はスマートフォンのアラームをオンにして、テーブルに置く。そしてそっと隣に腰を下ろし、健人の方を向いてその胸にスポっと顔を埋めた。

「綾乃さん?」
「明るい中で寝顔を晒す気にはなれないので、健人くんの胸を借りたいです。いい?」
「はは、もちろんどうぞ。おやすみなさい。」
「…おやすみ。」

 10分も経たないうちに、健人の左側に力が完全に抜けた綾乃の重さがかかる。前髪を指で軽くかき上げると、完全に瞳は閉じていた。おまけに小さな寝息まで聞こえてくる。それなりに疲労がたまっていたことが窺えた。

「…張り切っていっぱい準備してくれたんだな。綾乃さんが一緒に過ごしたいって言ってくれただけで充分お祝いだったのに。」

 健人は、綾乃の額にそっと口づける。綾乃を抱き込むように左腕を回すと、綾乃の重みをより感じられて愛おしさが増した。丁度健人のあごの下に収まった綾乃の頭頂部にもそっと唇を落とした。

「…綾乃さんがもっと欲しいですって言ったら…もっと疲れさせちゃう、なぁ。」

 少しずつ、綾乃の方から甘えてくれるようになって、抱きしめても、キスをしても、わずかなびくつくような動きがなくなっていった。触れたいと思う気持ちは折に触れて増すばかりだった。
 痛い思いをさせてしまうかもしれない、傷つけてしまうかもしれない。その不安は確かにずっとあるのに、それを上回りそうになるくらいの『もっと触れたい』という、底の知れない欲が渦巻いているのを感じる。

「今の俺は、どこまで綾乃さんに触ってもいい、人?」

 穏やかな顔で眠るままの愛しい人に、答えがないとわかっていながらも問いかけた。