「シャワー、ありがとうございました。」
「さっぱりした?」
「はい。」

 とことことキッチンまで来て、綾乃の隣でピタッと止まった健人。その視線は綾乃の手元に注がれている。

「あっ!あのね、健人くんほど上手じゃないし、手際も良くないからね?」
「えっ?あ、違いますよ。監視みたいな意味で見てるんじゃなくて、何か手伝えることないかなって。」
「手伝い禁止!健人くんは座って待ってて!」
「綾乃さんのお家にお邪魔してるのに何もしないなんてできないですよ。」
「手伝うこと、ないもん。もうほぼ終わってるし。リクエストの生姜焼きを焼いたらおしまい。…でも、誕生日にこう…なんというか普通のご飯で良かったの?」
「それを言うなら綾乃さんの去年の誕生日だって似たようなものですよ。」
「そう言われたらその通りではあるんだけど…。」
「でも今日はこの後、一緒にケーキ作りますし。」
「…私、多分足手まといだよ…。お菓子なんてほぼ作ったことないし…。」

 味付けをして浸しておいた豚肉を冷蔵庫から取り出して、フライパンで焼きながら話を続けた。

「充分手際いいと思いますけどね、綾乃さん。いつも僕のことばっかり褒めてくれるけど、綾乃さんも充分美味しいご飯作れてますよね。」
「さすがに大学4年間一人暮らしして、そこまで富豪の家でもないしってなったら、ある程度の自炊とかできるようになるよ。私のは最低レベルくらいで、健人くんみたいに見た目とかまでは追い付いてないよ。」
「…そうかなぁ。」

 いまいち腑に落ちない表情を浮かべながら、健人はおもむろに炊飯器の方に移動した。

「ご飯を盛る、箸を並べる、飲み物を出すとかそういうのはやっても大丈夫ですよね?」
「あっ!こっちが動けない隙に!」
「はい。飲み物は…あれ?これって…。」
「み、見た?」
「…見ちゃいました。でも、いつの間に?」
「健人くんが大学行ってる間にもらってきたの。夜に一緒に飲めたらなって。健人くんが最初に飲むお酒は、オーナーさんが作ったものがいいなぁって思ってて、それを相談したら快くオッケーしてくれたよ。」

 冷蔵庫の中に小さな瓶が置いてあった。それは綾乃の家の冷蔵庫で見るのは初めてで、むしろ自宅でのほうがよく見ているものだった。

「オーナーさんの手作りサングリア、初めて飲むから楽しみなんだ。瑠生が先にいただいていたでしょ?私、ちょっとあれ、根にもってるからね?」
「しょっちゅう色々作ってるので、今度僕も習ってみますね。」
「うちでやる?」
「僕がお酒飲めるタイプだったら、やりましょう。」
「そっかそっか。そうだね。今日はお試しだから、飲みすぎに注意しよう。」
「はい。」

 いつもより少しテンションが高い綾乃が、やけに可愛く見えて健人はにっこり微笑んだ。