「健人くんさ。」
「はい。」

 健人の誕生日が1ヶ月後に迫った6月中旬。土曜のバイト帰りに綾乃の家に来て泊まっていくことが2人のお決まりのパターンになりつつある。

「健人くんの誕生日の日に休みを取ろうかなと思ってるけど、普通に平日だから健人くんは大学だよね?」
「あ、そう、ですね。8月から夏休みなのでテスト前だったりテストだったりって感じです。」
「そっかぁ。誕生日の日って何かやりたいこととか行きたいところとかある?なるべく健人くんのやりたいことを叶えたいなって思うんだけど…。」
「やりたいこと、もう結構叶えてもらってるので…。」
「やりたいこと、叶えてる?」

綾乃が尋ねると、健人はうんうんと頷いた。

「こうやって泊まりに来させてもらってるし、綾乃さんと一緒に朝ご飯食べたり、夜ご飯食べたりできてるし、一緒に眠れるし…。ね?たくさん叶えてもらってますよ。」

 綾乃はジト目で健人を見つめた。

「え?」
「他に!してほしいこと、ない?」
「…綾乃さんと過ごせたらそれが一番なので…。」
「要求が少ない!他にない?あと欲しいものも!」

 綾乃といるのが嬉しいといつも言ってくれている。その言葉に嘘がないことを知っているからこそ、お手上げだった。多くを望まない人であること。物欲がほぼない人であること。そんな人だとわかってしまったからには、誕生日に特別なことをしたいと思っても、その特別が思い当たらない。
 綾乃の隣に座っている健人が、綾乃の髪に手を伸ばした。

「…欲しい人は綾乃さんで、それが叶ってるので。」
「してほしいことは?」
「そうですね。あっ、じゃあ綾乃さんの手料理が食べたいです。」
「えっ!?」

 優しく握られた手。健人の指が綾乃の手の甲を撫でる。

「大学、午前中で終わるのでお昼ご飯を綾乃さんに作ってもらいたいです。大学後、ここに戻ってきていいですか?」
「それはもちろんいいけど、そんなのでいいの?」
「はい。それで、夕飯は僕に作らせてください。」
「ええ!?それじゃお祝いにならなくない?」
「なりますよ。綾乃さんが待っててくれるし、そのあと僕が綾乃さんを一人占めできる。ね?」

 綾乃は健人の胸に頭をそっともたれた。

「…私にとっても一人占めだよ?」
「綾乃さんに一人占めしてもらえる誕生日。今から楽しみです。」
「…いっぱい練習するね。」
「楽しみです。」

 そのままぎゅっと抱きしめられると、優しい温もりが綾乃を包んだ。