* * *

「ん…。」

 カーテンの隙間からこぼれる光の眩しさに起こされて、綾乃の意識がゆるゆると浮上する。背中に温もりを感じて振り返ろうとするものの、腰のあたりに回った腕に遮られてくるりと向きを変えることはできなかった。首だけで後ろを向くと、あどけない寝顔がそこにある。

「…かわい…。」

 綾乃に安らぎをくれるその人は、すやすやと穏やかな寝息をたてている。頭を撫でてしまったら起こしてしまうだろうから、撫でたい気持ちをぐっと押さえて、その寝顔を見つめた。

「…充分可愛いよ、健人くん。」
「ん…う…?」
「あ、ごめん、起こした?」
「…おはよ…、綾乃さん。」

 今までもずっと柔らかい笑みを浮かべることが多い健人だったが、こんなに気の抜けた笑顔は初めてで、綾乃は声にならない声をあげた。

「っ…。」
「綾乃、さん?」

 健人にくるりと背を向けて、綾乃はきゅっと心臓を押さえた。すると、綾乃の腰に回っている健人の腕の力が少しだけ強まる。

「…せっかくこっち向いてたのに、どうしたんですか?」
「…今、不意打ちで可愛い健人くんに…やられたっ…。」
「…?寝顔可愛かったの、綾乃さんですよ?」
「えっ?見たの?」

 綾乃が振り返ろうとしたタイミングで、健人の腕の力が弱まった。綾乃は向きを変えて、健人と目を合わせた。

「綾乃さんが割とすぐ寝ちゃったので。僕も目を閉じたけど、…こんなに近くに、大好きな綾乃さんが居たらすぐには眠れないですよ。だからちょっとだけ、綾乃さんの寝顔を堪能させてもらいました。」
「うぅ…ってことは私ももうちょっと健人くんの寝顔、堪能すればよかった…悔しい。」
「寝たふりした方がいいですか?」
「ううん。さすがにいいよ、そこまでは。あ、でも1個やりたいことがあるんだけど、いい?」
「はい。何ですか?」
「健人くんの頭、わしゃーって撫でてもいい?」
「わしゃー?」

 綾乃は力強く頷いた。