微笑めば微笑みが当たり前のように返ってきて、手を伸ばせば黙って触れさせてくれる。綾乃は健人の頬を軽く引っ張った。

「嫌なことされても、嫌って言わないタイプでしょ?」
「綾乃さんがいたずらするの、嫌じゃないですもん。僕もちょこっと、引っ張ってもいいですか?」
「いいよ。おあいこ。」

 綾乃の頬が遠慮がちに少し引っ張られた。

「綾乃さんのほっぺ、柔らかくて可愛いです。」
「そんなにふにゃっとはしてないんだよね、健人くんのは。…ちゃんと男の人なんだなぁ。」
「そうですよ。」
「腕とか手とかも意外とごつごつしてるもんね。」
「綾乃さんに比べたら…そうですね、触り心地は良くないと思います。」
「普段、すごく男の人!って感じ出さないからあんまり気にしないというか、気にならずにここまで来たけど…。こうやって、ちゃんと近くで触れるようになって、男の人だなって改めて感じてるよ。」

 健人の指が綾乃の頬の上で遊んでいる。つついてみたり、頬を滑ったりしていく指が決して不快などはなく、安らぎすら感じるのだから不思議だ。出会ってたった1年の、4歳も年下の男の子にここまで心を許している自分が。

「綾乃さんにとって男の人は、怖いものですか?」
「…怖くはないけど、そうだね、…その、恋愛のフィールドにおいては苦手だったかもしれない。健人くんが最初から恋愛モードオンって感じでぐいぐい攻めてきてたら多分、私は逃げてたから。」
「…僕も僕で、誰かとこういう風になる自分を想像していませんでしたからね。…綾乃さんに逃げられるみたいなことにならなくてよかった。」

 健人が綾乃の背に優しく腕を回した。程よく距離ができてはいるものの、何となくお互いの体温が感じられるような空気が確かにそこにはある。

「綾乃さん、ちょっと目が眠そう。」
「…へへ。ばれた?」
「寝ましょっか。このくらいだったら、綾乃さん、苦しくない?」
「うん。」

 健人の鎖骨のあたりに頭を軽く押し当て、綾乃は瞳を閉じる。

「…おやすみ、健人くん。」
「おやすみなさい。」

 この温かい体温に包まれて、思考がふわふわと飛んでいくのを感じる。次に目を開けるときにはきっと、優しい夜明けが待っている。そう思って綾乃は小さく深呼吸をし、そのまま眠りに落ちていった。