* * *

「綾乃さんが先に入ってくださいね。」
「う、うん。」

 綾乃がいつも通りベッドに入る。壁を背にし、健人の方に体を向けると健人がゆっくりと布団の中に入ってきた。

「…お邪魔します。」
「や、やっぱり狭い…よね?」
「綾乃さん、窮屈ですか?」
「私は大丈夫だけど、健人くん、落っこちちゃいそうじゃない?」
「もうちょっと寄っても大丈夫ですか?」
「うん。」

 ぎりぎり、壁の方まで綾乃は下がる。健人がゆっくりと距離を詰める。

「あの、これ、いつもみたいにぎゅっとすると綾乃さん、苦しくないですか?」
「…そ、そうかも。」
「あ、あともう眠いですか?」
「…眠く、ない…かな。」
「じゃあ、楽にしてもう少しお喋りしますか?」
「…いいの?」
「僕も眠くないですし、せっかく綾乃さんとたくさん過ごせるから…えっと、あー…何て言うんでしたっけ。」
「…?」
「あ、そう!思い出しました。いちゃいちゃしたい!」
「いっ…いちゃいちゃ…。」

 健人の口から出る『いちゃいちゃ』という言葉に、綾乃は驚いた。

「…健人くん、そういう言葉、知ってるんだね。」
「使ったのは今が初めてですけどね。でも合ってますよね?」
「…合ってる。今日、わたし的にはすごくいちゃいちゃしてると思う…。」
「そうですね。綾乃さんが可愛くて…ちょっと今日は…いつもより余計に触りたくなっちゃいますよ。あ!嫌なときは絶対、言ってくださいね!」
「…嫌じゃないもん。私もいちゃいちゃしたい。…初めて言った、男の人に。」
「え…?」

 いちゃいちゃしてみたいと思ったことはあった。言えたことはなかったけれど。

「健人くん、聞かないんだね。」
「綾乃さんも、僕が話し出すのを待ってくれましたよね。だから同じでありたくて。」
「…楽しくない話なんだけど…。」
「はい。」
「…前の、彼氏との話を含むんだけど。嫌だったら、話さない。」
「嫌じゃないですよ。ん?嫌じゃない…こともない、ですけど。なんだろう、その前の彼氏さんに悔しいって気持ちはありますけど、今は僕が綾乃さんの近くにいられるので大丈夫です。」

 綾乃を見つめる眼差しはずっと優しいままだ。その優しさに背を押されて、綾乃は口を開く。健人の喉仏のあたりに視線をやりながら。