「…綾乃さんが一番大事なんですよ。いつだって、一番です。たとえば僕が先にしたいって思ったとしても、綾乃さんが嫌なら僕はしたくない。うまく言えないけど…嘘じゃないです。」
「…私は、健人くんのハグとかキスとか、そういうのにすごく安心して、嬉しくて…。その先があるの、わかってるのに…。その先が怖くて…、でも、健人くんが嫌ってことではなくて…。」

 健人は綾乃の頭を撫でながら、その先を引き取った。

「その先の行為が、怖い?」

 綾乃は静かに頷いた。

「…僕も、怖いです。無知だから。わからないままに綾乃さんを傷つけてしまったらと思うと怖い。だから今の僕は、欲がある状態でもしたいですなんて無責任なことは言えないです。」
「…健人くんも、怖いの?」
「自分が体を見せることとか、そういうことに対する怖さというか恥ずかしさみたいなものはないんですけどね。…もし、そういうことをするとなったとき、綾乃さんが痛い思いや辛い思いをしてしまわないように、最大限努力しないとなと思うし、うまくできなかったら…綾乃さんの心も体も傷つけてしまったらと思うと、それが一番怖いです。」

 どちらも同じように『怖い』と思っていたことがわかって、綾乃の心のもやが少しずつ晴れていく。

「…怖い理由は違うかもしれないけど、『怖い』気持ちは、同じ?」
「うん。同じ。だから、綾乃さんが本当にいいなら一緒に寝てくれませんか?」
「…うん。一緒に寝る。ベッド、狭くて寝心地悪いかもだけど…。」
「じゃあくっついて寝ましょう?」

 にこにこと朗らかに笑う健人と目が合えば、綾乃も自然と笑顔になった。瞬きをして流れ落ちた涙のあとを、健人の指が優しく拭った。