* * *

「あ、おかえり。お湯の温度、大丈夫だった?」
「はい。ありがとうございました。」
「お風呂上がりの健人くんってそんな感じなんだね。」
「…綾乃さんの方が破壊力抜群ですから。」
「えぇ?破壊力なんかないよ。健人くんは癒し力抜群。」
「綾乃さんを癒せてるなら良かったです。」

 綾乃は健人が風呂に入る前に座った場所から動いていなかった。健人も最初に座っていた位置に戻る。綾乃は健人が隣に座ったのを確認して、再びその腕に体重を預けた。

「綾乃さんがこうやって甘えてくれるの、初めてなので嬉しいです。」

 綾乃の動きに呼応するように、健人も体重を預けた。

「重くないですか?」
「うん。だって加減してくれてるでしょ?それがわかるから安心するよ。」

 健人は綾乃の肩に腕を回した。いつもより着ている服が薄いせいか、その体温や体の厚みのなさがダイレクトに伝わってくる。

「綾乃さんに安心を提供できる側の人間になれてよかったです。」
「…今日、いっぱい、びっくりさせちゃったよね。」
「はは、さすがに驚きましたけど、でも…。」

 健人の右手が綾乃の目元に触れた。

「綾乃さんがこんな風になっちゃうくらい嫌なことというか、良くないことがあったんだなって。そういうときに偶然ではありますけど、一緒に居れてよかったです。」
「…涙戻ってくるからやめてぇ…。」

 綾乃の視界はまた、にじみ始めていた。

「…せっかく止まったのに…。」
「はい、どうぞ。」

 優しく腕を広げてくれる人がいるから泣ける。そんな弱い自分がいることは認めざるを得ない。こうやって弱さを許してくれるから、泣いてもいいと思える。綾乃はその胸に飛び込んだ。そして背中にぎゅっと腕を回した。

「めんどくさくてごめんね…。」
「そんなことないですよ。僕はずっと綾乃さんをぎゅってできるし、頭も撫でてあげられる。大丈夫ですよ、大好きですよって伝えられる。…僕の方が幸せかもしれませんね。」
「…いっぱいお願い叶えてもらってる私の方が、幸せだよ。」
「そんなに色々お願いされてないですよ。他にありますか?」
「…ずるいお願い、でもいいかな…?」
「ずるいお願い?」

 健人の胸に顔を埋めながら頷いた。

「…今日、一緒に寝てほしい。」
「…えっと、どこもずるくないですよ?」
「寝るだけ、だよ。それでも、いいの?」

 綾乃の声のトーンが落ちた。綾乃の言いたい意味がわかって、健人は口を開いた。

「はい。僕が一緒に寝てもいいんですか?邪魔にならない?」

 綾乃は顔を上げた。健人を見つめると「ん?」と問いかけられる。

「…我慢、させてない?」
「それは、…その、寝るの意味が違う方をってことで合ってますか?」

 綾乃は涙目のまま、頷いた。健人はそんな綾乃をぎゅっと抱きしめた。