「…健人くん。」
「…来てよかった。こんな状態の綾乃さん、一人にしないですみました。」

 真っすぐ、迷いなく健人が綾乃をそっと抱きしめた。目を閉じると、少し落ち着いたはずの涙が戻ってきてしまった。

「…健人…くん…。」

 健人の背中に回した綾乃の手が、健人の服をくしゃっと掴む。

「…はい。大丈夫ですか?」
「…だいじょぶ、じゃ…ない…。」
「はは。そうですよね。」

 綾乃を抱きしめる腕が緩まる。いつもはここで綾乃も腕の力を抜いて抱きつくのをやめるが、今日はそういうわけにはいかなかった。

「…綾乃さん?」
「今、顔がすごいことに…なってて。」
「はい。」
「あとちょっとだけ、このままでもいい?」
「…ちょっとじゃなくてもいいですよ。」

 緩まった腕がもう一度、そっと優しく回った。その温かい腕に余計に涙が止まらなくなってしまった。これでは本当に、『ちょっと』で済まない。

「…っく…。」
「…嫌なことがあった?」
「あったぁ…。」
「…そっか。綾乃さんが落ち着くまでちゃんとここにいるので、安心してくださいね。」
「うん。…ありがとう。」

 前に健人が泣いてしまった時よりもずっとひどい状況になっているように感じる。今の綾乃は、あんな風に静かに泣けない。

「ちょっとだけ、ぎゅっとする力、強くしても大丈夫ですか?」
「…してくれると嬉しい。」
「じゃあ、遠慮なく。」

 すりと、頬を健人の胸に押し当てる。すっぽりと包まれると安心する。そして安心と一緒に、土田たちの言葉が蘇ってきて、それが余計に涙を助長した。

「余計止まらなくてごめん…。」
「大丈夫ですよ。こういうの初めてで、僕の対応、合ってますか?他にしてほしいこと、ありますか?」
「…来てくれたのが、一番。」

 健人が腕を緩めて、綾乃の頬に右手を添えた。半分以上視界が涙で滲む顔を見せるのは気が引けて、目線は合わせられない。

「…僕が連絡しなかったら、綾乃さんは一人で泣いてましたか?」

 目線を合わせられないまま、綾乃は静かに頷いた。

「…明日バイトがあるかもしれないし、私は…いつ泣き止めるかわかんないし、…いっぱい迷惑かけたくないって…。」

 鼻をすすりながら、なんとか言い終える。健人の左手が綾乃の左頬に触れる。

「綾乃さん。」
「…はい。」

 目を合わせると健人は優しく微笑んだ。ポロリと涙が両目からこぼれ落ちた。