『今日のお弁当、お口に合いましたか?』

 ついすぐに既読をつけてしまった。涙で滲んで画面がよく見えず、その上体も震えているものだからうまく打てない。そもそも、頭の中で文章が組み立てられない。いつもなら、軽くポンポンとやり取りが進むのに。
 ふと画面が明るくなる。それは健人からの着信だった。スマートフォンを握っていたため、通話のマークにうっかり手が触れてしまった。

「…綾乃さん?」
「…っ…ごめん、ちょっと待って。あとでかけ直すから…。」
「綾乃さん?あの、勘違いだったらすみません。でも…泣いて、ませんか?」

 健人の声に安心してしまって、涙がとめどなく溢れてくる。これはまずい。次の一言が発せられない。

「綾乃さん?どこにいます?もう家にいますか?」
「…うん。」

 辛うじて絞り出せた言葉だった。

「今から行くので、綾乃さん、家から出ちゃ駄目ですよ。絶対そこにいてください。」
「…遅くに悪いよ…。いい、大丈夫。」
「綾乃さんが泣いてるってわかってるのに、何もしないなんてできないです。」
「…あの、私今…。」
「はい。」
「涙が全然、止まらなくて…。」
「はい。」
「だから…あの…来てもらってもあの…泣き止んだり、落ち着いたりするのに時間が…すごくかかっちゃう…と思うから…。」

 日付を跨いでしまうかもしれない。明日は土曜日だ。綾乃は問題ないが、健人はバイトがないとは言い切れない。そんな中、いつ泣き止むかもわからない自分の相手をさせるのは忍びなかった。

「綾乃さんが嫌じゃなかったら、泊まってもいいですか?」
「え…?」
「どれだけ時間がかかってもいいです。今、綾乃さんが泣いてるときにちゃんと傍にいたいです。一人で泣いてほしくない。」

 一人で、誰にも迷惑をかけずに泣きたい自分は確かにいるのに、そう思う自分のさらに奥で、弱くて不安がっている自分がずっと叫んでいた。本当は、一人で泣きたいわけじゃなかった。誰かにいてほしかった。そんな自分に気付いてしまった。

「…いいの?」
「はい。」
「甘えて、いいの?」
「はい。…すぐ行きますね。準備するので一旦切りますけど、家出るときにまた電話します。スマホ、近くに置いててくださいね。」
「握ってる。」
「うん。そうしててください。じゃあ、一回切りますね。」
「…待ってるね。」
「はい。」