「…すみません、体調が悪くなったので失礼します。」

 顔を上げずに、綾乃は小さく頭を下げて退席した。事前に会費を回収するタイプの飲み会で良かった。支払い自体は済んでいるし、幹事にこっそり伝えるだけで問題なく抜けれそうだ。顔は見られてはならないが。

(…帰りたい。何も考えずに、あったかいあの腕に包まれたい。)

 店を出てから歩く道すがらも涙が止まらなくて、傍から見れば夜の街で一人で泣く変な女になってしまっている。体の震えは確実に健人の腕を求めているのに、こんな状態で健人に会うのも気が引けて連絡はできないでいる。ただただ、帰路につく。春先の夜の寒さが、一段としみる。風が刺さる。頬を伝った涙のせいで、顔が冷たくて余計に寒い。それなのに涙は止まらず、蓋をしていたドロドロとした不安や後悔、情けなさがどっと溢れ出していた。
 何とか家に着き、玄関のドアを開ける。中に入って即座に鍵を閉めると、途端に足の力が抜けた。玄関に座り込んだまま、立てない。涙が後から後から頬を滑り落ちていく。小さな嗚咽が玄関に響いて、それもまた虚しくて苦しかった。今日のお昼は、健人の作ったミネストローネに癒されて、あんなに幸せだったというのに。
 時刻は11時を過ぎたところだった。静かな玄関にスマートフォンの振動が響いた。―――健人からのLINEだ。