「…綾乃さんが先に起きちゃったんですね?」
「ご、ごめんね!せっかく映画観てたのに…。」
「いえ。疲れてたのにお家に呼んでくれたんですよね。気付かずにごめんなさい。」
「違うの。疲れてた部分は確かにあるんだけどその…。」
「はい。」

 眠くなるほど今日、疲れていたわけではない。

「…健人くんのあったかい腕と、香りにすっごい安心しちゃって…うとうとと…。気付いたら目が閉じてた…。」

 綾乃は健人の胸に顔を埋めた。ぎゅっと健人の腕が綾乃を抱きしめた。

「…あの、ちょっと1個だけ、我慢しなくてもいいですか?」
「我慢してることあるの?ごめん、気付かなくて。何?」

 埋めた顔を上げ健人を見つめると、健人の手が綾乃の頬に触れた。そしてそのまま引き寄せられたと思った時には唇が重なっていた。触れた時間はものの数秒で、瞳を開けた健人と目が合った。

「…キス、我慢してた?」
「我慢って言い方はちょっと合ってなかったですね。我慢というよりは自信がなかっただけな気もします。今も自信があるわけじゃないけど、寝起きでちょっと目がとろんとしてる綾乃さんが可愛くて…今キスしたいなって思ったので…。」
「…可愛いの、健人くんだけどね。寝顔もやってることも大体全部。」
「…嫌じゃなかったですか?」
「うん。…嬉しかった。恥ずかしいけど。…でも、嬉しい。」

 おでこへのキスも頬へのキスも、健人の優しさが感じられるから好きだった。一般的な男子大学生だったら、キスなんてもっと早い段階で済ませて次の段階に進みたかっただろうに、こうして綾乃のことを色々考えて段階を踏んでくれることも、大事にされているということを素直に感じられて嬉しい。それをそのままこうして口に出せるのは、健人が真っすぐにいつでも綾乃の言葉を受け止めてくれるからだ。

「…1回しちゃうと、ちょっと欲が出ますね。」
「もっと?」
「…そういうこと言うならしますよ?」
「いいよ。」

 綾乃は静かに目を閉じた。そっと添えられた手にさっきのような緊張感はあまりなく、素直に引き寄せられるがままに再び唇は重なった。唇が離れて目が合うと、小さく笑い合う。