「あっ、その、瑠生さんが昔、綾乃さんにお弁当作ってもらっていた時期があったということを話していまして。」
「あー…お母さんが骨折しちゃったときだね。あったあった。」
「結構嬉しかったそうで、お弁当作ってもらうって嬉しいことかと思い当たって…提案してみました。」

 本当はその裏に、もっと会いたいという気持ちが隠れている。

「それはその…嬉しいしありがたいけど、大変じゃない?しかも私、朝結構早く出るから、健人くんのお家にそんな早朝から突撃するわけには…。」
「いえ、届けにきます!」
「ますます悪いよ!」
「…僕が、綾乃さんに会いたいだけなんですよ。」
「へっ!?」

 健人の『会いたい』という真っすぐな言葉を聞くのは初めてではないはずなのに、いちいち新鮮に照れてしまう。綾乃は火照る頬を片手で押さえつつ、落ち着くために用意していたジュースを飲んだ。
 
「…我儘だってわかってて言います、ね。」
「…我儘?」

 健人は静かに頷いた。

「綾乃さんが忙しいの、何となくわかっているつもりではあるんですけど…、その、ちょっとでも会いたいなって思っちゃって。でも、綾乃さんに迷惑かけたいわけじゃないから…綾乃さんの役に立つ方法で会う、大義名分みたいなものがほしいなって。」
「ご、ごめん!もしかして、寂しい気持ちにさせてた!?」

 綾乃は慌てた。いつも優しいから、気遣ってくれるからと甘えすぎてはいけないのだ。そのことを思い出す。

「気付かなくてごめんね。言ってくれてありがとう。」
「綾乃さんのせいじゃないんです。ただ、どんどん僕が…。」
「…?」
「綾乃さんのことが好きになって、もっとって思っちゃうだけなんです。…寂しいというよりは、多分我儘に…なってるんだと思います。」
「うっ…多分、多分なんですけど。」
「はい。」
「そういうの、我儘って言わないんだと思う…。う~…ごめん。私が頼るのも下手だし、仕事でいっぱいいっぱいになっちゃうと連絡とかも疎かになっちゃうから…そういうのが多分健人くんをそんな気持ちにさせてると思う…。」

 少しだけ生まれた、静かな間。その空気を破ったのは綾乃だった。

「あの、本当に迷惑じゃないんだったら。」
「はい。」
「お弁当、作ってくれると嬉しいです。」
「届けに来ていいんですか?」
「届けてもらっていいの?」
「もちろんですよ。だって、綾乃さんに会いたいのは僕だから。」