「…元カレの話、綾乃、した?」
「いいえ。」
「うわ、ごめん。」
「いえ。…口ぶりからして、過去にそういう人がいたんだろうなとは…思っていました。」

 恋愛に大失敗したことがあったと言っていた。あの時は深く掘り下げなかったが、気になることでもあった。

「綾乃の自信というか、自尊心っつーのかな…そういうのを折ったの、多分そいつなんだよな。」
「え…?」
「誰かを好きになることとか、そういう恋愛絡みのことを全く話してくれなくなって、無理してなかったことみたいにして、痩せて、自分を責めて…まぁ、何が実際にあったのかは知らねぇんだけど。思い出させて綾乃を泣かせたいわけじゃねーし。」
「…綾乃さん…。」

 苦しかった。健人が何かをされたわけではないのに、頭の中に美味しそうに食事をする綾乃がよぎるたびに、胸が軋んだ。食べることが好きで、あんなに美味しそうに、そして綺麗に食事をする人が食べれなくなって痩せてしまうような何かが起きていたこと。健人が綾乃に手を伸ばすことに勇気が必要だったように、もしかするとそれ以上に勇気を振り絞って綾乃が健人を受け止めてくれていたのかもしれないこと。その事実が、今は痛かった。

「健人が泣きそうじゃん。綾乃は多分、健人にいずれ話すよ。心配すんな。」
「…そう、ではなくて…あの、綾乃さんが痩せちゃったり、辛い思いをしていたことが…悲しくて。」

 話してほしいとか、そういうことではなかった。辛いことを思い出すなら、話さなくていいとさえ思う。

「綾乃がもし話したら、一緒に悲しんだりさ、健人の気持ちをまっすぐ出してやってな。余計なお世話かもだけど。」
「余計とかじゃないです。…頑張り、ます。」
「うん。まじで、俺、健人好きだわ。綾乃の傍にいてやってほしい。俺さ、綾乃のこと結構ちゃんと大事なわけ。」
「はい。」
「だからさ、絶対幸せになってくんなきゃ嫌なんだよな。」

 そう言って瑠生はまた、二カっと笑う。

「俺の願いはそんだけ。頼んだぞー健人。ってかさ、実際綾乃とどこまでいってんの?簡単に手出ししたら承知しねー!」
「えっ?いやあの…どこまでも何も…というか、どんな段階があるんですか?」
「え?」
「…僕、変なこと言いましたか?」
「…待て待て待て。健人、さすがに告白してそれっきり何もしてねぇとかはねぇよな?」
「何もしてない…?あの、その何もというか、何かってどういう順番ですか?」

 瑠生はふぅーと長く息を吐いた。