(これじゃ、いけない。ここは職場なんだから)

じわりと込み上げてくる涙と嫌悪感を理性で押し込め、太ももの隣でぎゅっとこぶしを握りしめてから、努めて冷静に左手を眼前に翳す。

シルバーの華奢な時計で時刻を確認すると、声が情けなく震えてしまわないよう腹筋に力を入れた。

「お話の途中で恐縮ですが、副社長を迎える時間になりますので、私は失礼いたします」

凛は淡々とした口調で告げ、この四年で身体に染み付いた美しいお辞儀をしてその場を離れる。

誰がどんな顔をして自分を見送っているのかを確認するのが怖くて、凛は決して振り返らなかった。