今朝も室長不在のため、この場の誰よりも役職が高いのは彼だ。にもかかわらず孝充はひと言も話さず、唇を真一文字に引き結んでその場に佇んでいた。

「そういうことなので、私は来月いっぱいで退職します。妊娠初期はストレス大敵ですし、あまり大変な業務は振ってこないでくださいね」

今までだってなにひとつ大変な業務などしてこなかった芹那の言い草に絶句しながら、彼女と孝充を交互に見比べたが、やはり彼は芹那を窘めることをしない。

周囲の怪訝な眼差しから逃れるように視線を彷徨わせている様は、普段の真面目で神経質な彼には珍しい。

恵梨香以外の同僚も、なんとも言えない顔つきをしていて、凛は惨めさと申し訳なさに身が竦んだ。

別れ話を承諾したとはいえ、一週間前までは確かに凛と孝充は付き合っていたのだ。

最近では多忙さゆえに会う頻度も少なくなっていたけれど、最低限の連絡は取り合っていたし、上司であり指導係であった孝充を尊敬し、信頼していた。

芹那が現在妊娠何ヶ月なのかわからないが、少なくとも彼らの関係は凛と別れたあとに始まったものではない。