それ以上の感情がないのはわかっているが、凛のためを思って話を持ちかけてくれたのだと思うと、恋人にあっさり捨てられて傷ついた心が少しだけ潤うような気がした。

(副社長との関係が嘘だとバレて会社を辞めさせられるのは避けたいし、この仕事を続けていく以上、これからも孝充さんと同じ職場なのは変わらない。いつまでも周りに気まずい思いをさせておくより、いっそ副社長と結婚してしまった方がいいのかも。彼にもメリットがあると言ってるんだし……)

亮介の提案にのってみようかと気持ちが傾きそうになると、もうひとりの理性的な自分が慌てて引き止める。

(いやいや、冷静にならなきゃ。だって結婚ってそんなすぐに決めていいものじゃないし、まして自分の勤める企業の副社長が相手だなんて私には荷が重すぎる)

結婚といえば人生の一大イベントだと考える凛にとって、恋愛感情抜きの婚姻契約になかなか頷けない。

「あの、少し……考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。ゆっくり考えてくれ。就業中に悪かった」
「いえ。では失礼いたします」

結婚といえば人生のターニングポイントになりうると思うのだが、こんな時も亮介は冷静で感情が読めない。

(悩むのはあと。まずは仕事をしなくちゃ)

凛は無理やり頭から亮介との結婚話を追いやり、自分のデスクへ戻った。