「……まだ、原口に未練があるのか?」

無機質な低い声で問われ、咄嗟に「ありえません!」と叫んでしまった。

一年ほど交際していたが、今朝の孝充の言動で、ゆっくりと育み始めた恋愛感情はきれいさっぱり押し流されていった。

「ならば問題ないな。俺と結婚すれば、向こうも立花に未練はないとわかるだろうから辞めさせる理由はなくなるし、気まずい思いをしなくてよくなる。俺は優秀な秘書を失わずに済むし、煩わしかった見合い攻撃から解放される。互いに結婚することで問題が解決できるんだ、悪くない話じゃないか?」

理詰めでどんどん説得されているような気がする。さすが仕事がデキる男は違うと感心してしまう。

(いやいや、感心してる場合じゃない。結婚は普通、想い合っている男女がするものであって、条件や利害関係で決めるものじゃないはず)

この考えは一般家庭の話であって、亮介のように大企業の御曹司ともなれば話は別なのだろうか。

結婚願望が強いわけではないが、恋愛抜きの結婚など考えたこともなかった。

「それは……偽装結婚、というものでしょうか?」

自分でも〝偽装結婚〟の定義がわかっていないが、他に言いようがなかった。