職場での孝充は真面目で優秀で、彼となら真剣な付き合いができるだろうと考えたからだ。

凛と孝充は互いが初めての恋人だったため、なにもかもが初体験で、手を繋ぐにもドキドキしてしまう中学生のような初々しさだった。

精神的な距離の縮め方も手探りで、どこまで踏み込んでいいのかもわからないまま、彼に合わせるようにして付き合いを続けてきたが、凛なりに孝充を大切にしようと
努力していたつもりだ。

(でも、まるで伝わっていなかったんだ……)

とても孝充を直視できずに俯いていると、彼の後ろの扉が開いた音が聞こえ、小走りに走り寄ってくる女性の気配がした。

「孝くん、こんなところでなにを話してるの?」

鼻にかかった甘ったるい声音には、凛を刺すような棘が多分に含まれている。

顔を上げると、芹那が孝充の腕に巻き付いていた。

向かい合って立ち尽くす凛に対し、彼女は口角を綺麗に上げて笑ってみせた。