凛は怪訝な顔で首をかしげた。

呼び止めたのは孝充の方だ。顔も見たくないのに足を止めたのは、業務についての連絡があるのだろうと思ったからだ。

それなのに、孝充はこちらをじっと目を細めて見つめたまま口を開こうとせず、ふたりの間には不自然な沈黙が流れている。

(もう、なんなの……?)

この妙な空間に耐えきれず、凛は静寂を振り切るように口を開いた。

「あの、急ぎのお話がないようでしたら、私は副社長を迎える準備がありますので」
「そういうところだよ」

ぼそりと呟いた孝充の言葉をうまく聞き取れず、「はい?」と聞き返す。

それがいけなかったのか、孝充は急に逆上したように顔を赤くして声を上げた。

「凛のそういうところが可愛くないって言ってるんだよ!」

職場で名前で呼ばれたことにも、唐突に非難されたことにも驚いたが、孝充が感情的に声を荒らげていることに一番驚いた。