幼なじみがフラグ回収に来ました

〜前回のあらすじ〜
 まさかの異世界召喚!
 
「リオ様ようこそおいでくださいました。こちらは魔族国の王宮で、ライマ様の居住区域になります」
 居住区域ってなに? 街か何か?
「王宮ってことは、ライマくん王様かなにかの?」
「ライマ様は現王の第三王子でございます」
「王子さま……。なんで、こんな急に……。突然連れてくるなんて、もしかして私は食料になるの?」
 私は最悪のシナリオを思い描き、血の気が引いた。
「いや、人間食ってもマズいんで」
 遠くから小さく男の人の声で聞こえた気がするけれど、空耳かもしれない。少なくともそんな口調の人はこの中にはいなさそうだった。
 帰って晩ご飯の準備をしてママの帰りを待たなきゃ。そんなことを考える。そう、これは現実逃避だ。
 意識はずっとギリギリのところで保っている。
 呼吸は浅いし、視界も狭いことは自覚していた。
 私の様子がおかしいことに気がついたライマくんは、「驚かせるつもりも悲しませるつもりもなかったんだけど、ごめんね。今日は戻ろう」と私の背に手を回して支えてくれた。
「わたくしも参ります」
 お姉さんの方が一歩前に出てきたけれど、ライマくんは「大丈夫だ」とだけ言った。
 辺りはまた霧の中のようなモヤに包まれる。
 瞬きをすると、そこは私の家の玄関先だった。
「体調が心配だから、あがらせてもらっていい?」
「全部ライマくんのせいなんだけど……」
 私が青ざめながら小声で言うと、ライマくんはあははと笑った。
 笑い事ではない。
「りおちゃん本当に昔と変わらないね」

 鍵を開けて家に入る。リビングまで行きソファに座り込むとようやく人心地ついた。
 まさか家に無事帰宅できるとは思わなかった。あのまま取って食べられるのかと思った。
 ライマくんは人間ではなかったのだ。
 あの赤い瞳を見た時、私はしっかりと恐怖を感じていた。それは本能だったのかもしれない。
 なのに、私はライマくんに支えられている背中が暖かくて少し安心している。家だから、というのもあるけれど、ここまで気をしっかり保っていられたのはライマくんの手のお陰のような気がしている。
「それで、ぼくは本当は人間じゃないんだけど。それでもりおちゃんと結婚したいんだ。ゆくゆくは王宮に帰らないといけないけど、慣れるまでは人間界で2人で暮らせばいいよね」
 ライマくんの中ではもうすでに私がOKの返事をした事にでもなっているのだろうか?
「ライマくんの眼が赤かったのは、私の見間違いではなかったんだね」
「気が高ぶると眼が赤くなるんだ。訓練して赤くならないようになったけど、この前は久しぶりのりおちゃんに興奮しちゃって。怖がらせてごめんね」
「小さい頃からそうだったの? 私は見たことなかったよ」
 そんなに毎日遊んでいたわけではない。たまに公園で会うお友だちの1人だった。そんな記憶だ。
「眼が赤くなるようになったのは13歳くらいの頃からかな。魔族ではよくあることだよ。大体はそのままだけど、ぼくはりおちゃんと結婚するために訓練したんだ」
 それなら私が知らないのも頷ける。いや、だからといって絆されてはダメだ。
 そう思えるということは、落ち着いてきたからだろう。倒れずに済んでよかった。
「ライマくんのこと、ちゃんと教えて。結婚の約束も小さい頃の子どもの約束だし、勝手に話を進めたり勝手にどこかに連れ去るのはやめてほしい」
 こういうことは強気で言わなければ。ライマくんの目は真っ直ぐ見れなかったけれど、私は少し声を硬くして言った。
「急に連れて行ったことは悪かったよ。本当にごめん。でもりおちゃんに信じてもらうには、あれが一番手っ取り早いと思ったんだ」
 ライマくんはまたしょげた犬のように頭を下げた。
「子どもの頃、人間界に落っこちてきたことがあった。尻もちをついて泣いていたら、女の子が助けてくれたんだ。それがりおちゃんとの初めての出会い。覚えてる?」
 私は首を横に振る。覚えていない。
「ぼくはそれからよく人間界に遊びに来た。りおちゃんに会うために。ほかの子どもたちとも一緒に遊んだりして楽しかったけど、よく泣かされた。ぼくは泣き虫だったからね。りおちゃんはいつも泣いてるぼくを慰めてくれたよね」
 それは覚えている。覚えていることには、うんと頷いてみせる。
「人間界に暮らす魔族も結構いるんだよ。だからぼくも人間界で人間のように暮らしてりおちゃんと結婚するつもりでいたんだけど、やっぱり王子には許されないって言われちゃった」
 またしょんぼりしてみせるライマくん。なぜそんなに可愛い仕草が似合うのか。美形は何をしても様になるということなのか。
「再会して、やっぱりりおちゃんしかいないって思ったんだ。ずっとりおちゃんのこと考えてた。大きくなったりおちゃんはどれだけ美人になっているかなとか」
 ふっと微笑んだと思ったら、急に「ちょっと待って」と顔を青くする。
「もしかして、ぼくの他に好きなやつとかいるの……? ちっとも想像しなかったけど、これだけ可愛いんだから絶対りおちゃんのこと好きなヤツいるじゃん」
 ライマくんの百面相にびっくりしつつ、その発言にも驚く。ライマくんも私と一緒で思い出を美化しすぎだし、私のことを美化フィルターをかけて見ているに違いない。
「私告白されたこと無いし。美形のライマくんに可愛いとか言われてもお世辞にしか聞こえないよ」
 ため息混じりで言うと、ライマくんは眼力を強めた。正直に言って怖い。
「お世辞なんかこれっぽっちもないよ。そんなこと言うなんてりおちゃん鏡見たことある?」
「自覚してるからそう言ってるんだよ……」
 そんなことを言われると、まるで私が捻くれているようではないか。
「そういえば、おじさんおばさんも王様とお妃さまってことだよね? 私そんな偉い人たちに遊んでもらってたの?」
 私の外見については話を逸らさせてもらう。
「りおちゃんと遊んでいたのはさっき会った2人だよ」
「え?」
「あの2人には人間界に付き添ってきてもらってたんだ」
「うちのママ、ライマくんのお家に話に行くって言ってたんだけど……」
「人間界では保護者扱いだから問題ないよ。五十嵐も偽名だし」
 そうなんだ、で納得のできる事ではなかった。なぜこんなにも驚かされなければならないのだろうか。あの魔界の王宮へ行って帰ってきた経験をした後でも驚かされることが山ほどあるとは。
「もう、頭がパンクしそう……」
 つい口に出た言葉に、ライマくんがふふっと笑った。
「りおちゃん、ぼくにはりおちゃんだけなんだ」
 そんな私にライマくんは畳み掛けてくる。これ以上はもう少し頭を整理させてからにしてほしい。
 そう思っているのに、ライマくんは私の頭を撫で始める。
「小さい頃たくさん慰めてもらったように、今度はぼくがりおちゃんをたくさん甘やかしてあげるよ」
 ライマくんを見ると瞳が揺らいでいた。赤くなるのかな。
 私の頭もぼーっとしてきて、撫でられるがままになってしまう。心地よくて、どうしてか動けない。
 ライマくんの手が頬を撫で、包み込む。
 甘い香りがして、揺らぐライマくんの瞳に吸い込まれそうになる。怖かったけど、あの赤い瞳は綺麗だった。
 私の唇をライマくんが撫でる。
 なぜ私は拒まないんだろう。
 ライマくんの唇が近づいてきて、あぁキスされてしまうんだとわかった途端に瞼を閉じた。
 そっと、唇が落ちてきたのは閉じた瞼だった。
 その瞬間。ガチャリと玄関のドアの開く音がして。
「ただいまぁ。ライマくんいなかった〜」
 ママが帰ってきてしまった。
 どうしよう、晩御飯の準備も何もしてない。
 それよりも私は1人なのにライマくんを家に入れている!
「莉緒、お友だち?」
 明らかに男の子の靴が玄関に置いてあれば、ママだって怪しむはず。
 ライマくんの顔を見ると、「大丈夫だよ」と唇に人差し指をたてた。
「お、おかえりなさい」
 リビングに入ってきたママは怖い顔をしていた。
 そりゃそうだ。
「りおちゃんのお母さん、お久しぶりです。ライマです。お邪魔してます」
 ライマくんがママを迎えに行った。ライマという名前を聞いた途端に、ママの顔色が変わる。
 ライマくんの頭のてっぺんから足元まで満遍なく眺めてから(さすがに失礼だよと思った)にっこりと笑った。
「ライマくん久しぶり! すごいイケメンになってておばちゃんわかんなかった〜」
 恥ずかしいくらいの態度の違いだ。
「元気だった? 立派になって……。昨日莉緒から、ライマくんが日本に戻ってきて、しかも同じ学校だって聞いてお家を訪ねたんだけど。来てくれてるなら話は早いわ」
 ママは早速話を始めようとするけれど、時計を見たら良い時間だ。私はご飯のことが気になりすぎて話に割り込んだ。
「ねぇママ、晩ご飯の準備してないの……」
「やだ、莉緒ったらお茶も出さなかったの? 久しぶりで浮かれてるのよ。私もだけど。ライマくんも一緒に食べましょう。今から用意するんじゃ大変だし、そこでお弁当買ってくるから」
 そう言ってママはスキップでもしかねない足取りで近所のお弁当屋さんに向かって行った。
「ママ、ライマくんは海外に行っていたと思ってるんだけど」
 本当は人間には辿り着けないもっと遠いところ。
「ナイショにしておいて」
 ライマくんはウインクをしてみせる。
 なんなのそれ、息ができなくなる。
 しばらくしてママが帰ってきて、3人でお弁当を食べた。出来立ての美味しいお弁当だった。
 ママはライマくんに自分の海外転勤で私が日本で生活することを心配していると話した。
 ライマくんは、「それならぼくと一緒に住めばいいですよ」と提案する。
「一緒には住まないよ!?」
 私は慌てて否定する。まだライマくんと私はどんな関係でもない。ただ子どもの頃、結婚の約束を交わしただけだ。私は今のライマくんを好きというわけでもないし、未成年だし。
「一緒に住んでくれるとママも安心なんだけどなぁ。でも莉緒がそう言うなら、ライマくんにたまに遊びに来てもらえばいいんじゃない? 晩ご飯を食べにきてもらうとか、学校がない日はご飯を食べにきてもらうとか」
「ご飯の話ばかりじゃない。そんなに無理やりライマくんを来させなくても大丈夫だから。私もう高校生だよ」
 ご飯のことが気になるのは私も同じだから、これはママ譲りなのかもしれない。
「1人のご飯って寂しいじゃない。莉緒を残していく私が言うのもなんだけど」
「ぼくはそれでも全然構いません。りおちゃんと一緒に過ごせるなら」
 ライマくんはものすごくいい笑顔をしていた。外堀を埋めようとしている。
「じゃぁそう言うことで。ライマくんに鍵預けるようにするからね。私がいない間、莉緒のことよろしくね」
 ママは1週間後に旅立つという。また急な話だ。
 なぜこの人たちは私の意見を聞いてくれないのだろう。心配なのはわかるけど。
 マンションの入り口までライマくんを送って行った。
「こっちのお家はどうなっているの?」
「国につながっているよ。だからこっちとあっちの二重生活ができるんだよね。まぁ全部りおちゃんのためにあるんだけど」
 なんだかものすごく重たいものが詰まっているような。
「そ、そうなんだ」
 返答に困っていると、ライマくんが私の耳元に顔を寄せた。
「一緒に住む日を楽しみにしているよ。おやすみぼくのりおちゃん」
 そう言ってチュ、とリップオンを残し去って行った。
 なんなのこの人!
 私だけなんて言いながら、絶対恋愛経験豊富なやつじゃない!
 
 
 ママが海外に行くまでの間、毎朝ライマくんは私を迎えにきて帰りも送ってくれるようになった。
 おかげで、ライマくんへの不信感や恐怖心がなくなり、小さい頃に遊んだライマくんだと認められるようになった。普通に話せるようになったし、信頼関係は築けていると思う。
 私は一応自分とライマくんの分のお弁当を作り持って行っている。
 お昼休みはせっかく出来た友だちと一緒に過ごしたいから食べる時は別々だけれど。
 もうすっかり学年中に、ライマくんは私に片思いをしているという噂が広まってしまっていた。
 なんであんなパッとしない子を? という目で見られるのにはだいぶ慣れてきた。
 心春は相変わらずライマくんに敵対心を燃やしていて、ママの海外転勤の話をしたら「あたしも莉緒を守るからね」と言われてしまった。
 心春と話していると、なぜかライマくんが後ろからやってきて、私を後ろから抱きしめてくる。そんなことをするから余計に心春もライマくんに良い印象を持たないのだと思う。そう話したら「ぼくが知らない間のりおちゃんと仲良しだったの、ずるい」と言われてしまった。それはどうにもならないことだから仕方がないのに。
「これからたくさんりおちゃんと過ごしてあのナントカって人より仲良しになる」
 ライマくんが心春に嫉妬していることを知った。心春の名前くらいは覚えてほしい。
「私と仲良しになるんだったら、私の友だちとも仲良くしてほしいよ」
「うん〜〜、努力する」
 肯定なのかわからない返事をされてしまった。見た目に反して、子供っぽいところがあるんだなぁ。

 とうとうママがアメリカへ旅立った。
 ママがいない家はさみしくなるだろうけど、今までも仕事で忙しくしていたからあまり変わらないだろう。そんな風に思っていた。
 けれど、実際ママが帰ってこないと思うと途端に心細くなる。
 1人でご飯を食べて、お風呂を済ませるとなおさら寂しくなり、さっさと寝ようと布団へ入った。
 一人暮らしって、こんなに心細いものなんだ。
 明日は土曜日で学校もない。心春もマユちゃんも部活で忙しくしている。会えるとしても、夕方とかになってしまうのではないだろうか。
 でも寂しいから会いたいだなんて、子どもっぽすぎる理由で連絡してもいいのだろうか。
 そんなことをぐるぐる悩んで結局諦める。
 諦め癖がついたのはいつからだっただろう。
 パパとママが離婚した時はまだワガママも言っていた。すごく疲れて帰ってきても仕事が楽しそうなママの姿を見て、私は自分でできることをしなくちゃと思い始めた。その頃からかもしれない。
 ママに話したいこと、お願いしたいことたくさんあったけど、ママは忙しいから、で諦めるようになっちゃった。
 ママが海外に行くって話してくれた時に、私も一緒に行くって言えばよかったのかな。でも私は憧れの高校で友だちができて、これから楽しい学校生活にとてもウキウキしていた。
 ママに行かないでって言えばよかったのかな。
 布団を頭から被り、涙を堪える。
 その時、スマホの通知音が鳴った。
『りおちゃん家に行ってもいい?』
 ライマくんからのメッセージだった。
 こんな時間に来るなんて非常識だよ、と思いながらも断ってもどうせ来るのだろう。
『いいよ』と返事をする。
 寂しがっているなんて思われたくないから平気な顔して待っていなければ。
 布団から抜け出した途端に玄関がガチャリと開いた。あまりの速さにびっくりする。自室から顔を出すと、ライマくんが内側から鍵をかけているところだった。
「早かったね……」
「心配で。そこにいたからね」
 りおちゃんのお母さんに借りた鍵で入って来ちゃったよと鍵を見せた。
 なんでライマくんは心配だったのだろう。
 私が寂しがっているって、わかったのだろうか。
 ライマくんは靴を脱いで上がってくると、優しくふわりと私を抱きしめた。
「寂しい時は、寂しいって言っていいんだよ。りおちゃんは我慢しすぎだよ」
 
 どうしてそんなことがわかるの?
 どうして我慢しすぎだなんて言うの?
 だって、ママが仕事を頑張っているのを応援するのが好きだから。私が少し我慢すればいいだけのことだから。
 ママだって忙しいなか、なるべく私の行事ごとには参加してくれていたから、わがままなんて言えないよ。
 
 ライマくんは私の背中を優しく撫でてくれた。
 抑えていた気持ちが溢れる。思わずライマくんの胸元に顔を押し付けてしまった。涙だけは我慢したかったんだけど。
「一人暮らしって、こんなに心細いとは思わなくて」
 気持ちを吐き出すと涙まで溢れてしまった。
 ライマくんは優しく背中を撫で続けてくれる。
「私も今の学校で高校生活頑張りたいし、ママにも好きな仕事頑張ってほしいから納得して決めたのにね。なんでだろうね」
 
 その日はそのまま、ライマくんに背中をさすられながら眠ってしまった。私のベッドで。泣き止んだ後の記憶があまりないけど、疲れてそのまま「寝る〜」と布団に入りライマくんも一緒に寝たらしい。
 朝起きたらライマくんが隣に寝ていてとてもびっくりした。
 すんごくびっくりしたのだ。
 抱きしめてくれて、背中を撫でてもらって安心してしたことはよく覚えている。
 それがとても嬉しかった。
 心がほわっとあたたかくなって、毛布に包まれているような感覚だった。私って本当は寂しがりやだったのだろうか。
「ライマくんごめんね」
 起きてから謝ると、まだまだ眠そうなライマくんが目をこすりながらへにょっと笑った。
「そのために来たんだからいいんだよ。でも今回のことでよくわかったでしょう? ぼくと一緒に暮らした方がいいって事」
 可愛らしい笑い方で言うセリフではないんじゃないかな……。
 ママがいない家に慣れるまでは、防犯的にもママを安心させるためにもライマくんと一緒にいる方がいいのかもしれないと思い始めている私がいる。
「じゃぁ、ママが帰ってこない夜に慣れるまで一緒に住もうかな……」
「絶対それがいいよ! 今日からそうしよう」
 子どもの時みたいに嬉しそうにするライマくんを見て、私も嬉しくなった。
 魔族の王子様だけど、昔一緒に遊んだ友だちには変わりないのだ。連れていかれそうになって怖かったけれど、こんなに優しくて私の気持ちを尊重してくれる。
 で、でも、まだ結婚は早すぎるから。
 結婚についてはまだ考えられません!

 朝ごはんを済ませると、ライマくんは「一旦荷物を取りに行ってくるね」と家を出て行った。
 すぐに帰って来たけれど。
 学校の荷物と、少しの着替えだけだ。
「これだけで大丈夫?」
「また必要なら持って来てくれるから大丈夫」
 誰とは言わなかったけれど、あのクラシカルメイド服のお姉さんたちのことかな。
「本当はぼくの家でりおちゃんと暮らす準備をしていたんだけど。でもりおちゃんがここに住んでいいって言ってくれたからあっちには結婚してから住もう。ぼくがりおちゃんを甘やかしてあげるからね」
 そう言ってまた私を優しく抱きしめる。
 私はふんわり包まれるようなこの感覚が気に入ってしまって忘れていたけれど、これではまるで恋人のようではないか!
「ち、近い……」
 思わず恥ずかしくなって、ライマくんを押し退けると、ライマくんはむすっとしてしまった。
 もうお互い子どもじゃないんだから。
 一緒に住むのだし、パーソナルスペースというものは守っていただきたい。ちゃんとルール作りをしなければならないなと思い至る。

 我慢しすぎだと言われたことで、心春に素直に『一人暮らしが思った以上に寂しかった』とメッセージを送った。
 部活が終わった後に『いつでも遊びに行くぞー!』と元気になる返事が来た。
 嬉しくてニコニコしてしまう私。
 返信しようとしていると、心春から電話がかかってきた。
「もしもし? 大丈夫? 心配だから今日泊まりに行こうか?」
 ありがたい申し出だったけれど、家にはすでに先客がいる。
「心配してくれてありがとう! 心細くて心配だったけど、昨日の夜からライマ君が来てくれてるんだ。また今度泊まりに来てね!」
「え? アイツ? いつの間に! むしろその方が危ないじゃん!」
「昨日も何もなかったし、なんか昔みたいな感覚で。昨日はうっかりしちゃったけど、私もちゃんと気をつけるし大丈夫だよ〜!」
「なに? なにをうっかりしたの? 男はオオカミなんだよ! 心配すぎるー!」
「私がうっかり寝ちゃっただけで、本当に何もないの! 変な言い方してごめんね」
 オオカミどころか、人間ですらないんだけどね……。
 心春が白熱してきたところで、後ろからライマくんが私を抱きしめてきた。
 だから!
 近いし!
 恥ずかしい……!
 なんですぐ抱きついてくるんだろう。
「そういうわけなんで、心配しないでください〜」
 ライマくんは心春に言って通話ボタンを押した。通話が切れる前に心春の「ムキィー!」という叫び声が聞こえたのが心配だ。
「ライマくん、抱きついてくるのやめない?」
「だってりおちゃんに構ってほしいんだもん」
「でももう私たち高校生だし、あまり良くないと思うな」
「だってぼくはりおちゃんのことが大好きなんだよ。本当ならずっとこうしていたいのに」
 ライマくんは私の頭の上でむすーっと頬を膨らませた。
 可愛い顔をしても、私は絆されないんだからね……。

「そういえば、私が寂しいってどうしてわかったの?」
「指輪。魔法でなんとなーくりおちゃんのことがわかるようにしてあるんだよね」
 ライマくんはイタズラっぽく笑った。
 指輪は薬指だとどうしても恥ずかしいので、ネックレスのようにチェーンを通して首にかけているのだ。身につけていないとライマチェックが厳しいので、一応肌身離さず持ち歩いている。綺麗だし、なにより初めてもらった本物の指輪だからやっぱり嬉しくて。
 でもやっぱり普通の指輪じゃなくて魔族の指輪なのかな?
「魔法も使えるの!?」
「魔族だからね」
 ねぇそれって、もしかして。
 位置情報とかもわかるやつ?


 〜その頃のライマ君〜
 りおちゃんが泣き止むと、疲れが出たのか「ねむい」と船を漕ぎ始めた。
「ねる」とりおちゃんの部屋へ行く。引っ張られるままぼくもついていく。
 りおちゃんが寝入るまでここにいようと思っていると、ぼくを引っ張ったままりおちゃんは布団へ潜り込んだ。
「りおちゃん、ここにいるから大丈夫だよ」
 そう言っても、りおちゃんはなおも腕を引っ張りぼくを布団へ誘う。
 りおちゃんがいいならもちろん一緒に寝るんだけど。
「ぼくも入っていいの?」
 りおちゃんはほとんど寝た状態で「うん」と答えた。
 起きたら絶対驚くと思うんだけど、誘ってもらったんだからいいよね。
 かわいいりおちゃん。ぼくがりおちゃんのことをどのくらい想っているかなんて、これっぽっちも考えたことがないんだろうなぁ。
 ぴったり寄り添って眠るりおちゃんの首元に顔を埋める。りおちゃんの薫りを深く吸い込むと、体の奥が疼いた。
 目の色が変わりそうなのを我慢する。
 目の色が変われば理性なんてあっという間に飛んでいってしまうだろう。
 全身漏らさず触ってキスして、ぼくのしるしをつけてあげる。今やろうと思えばできるけど、それはりおちゃんにしっかり覚えておいてもらいたいから。
 もうしばらくの我慢だ。
 
 
 
 ママがアメリカへ行ってから始まったライマくんとの共同生活は、思った以上に心強かった。
 家事は半分担当してくれるし、買い物も一緒に行けば必ず荷物を持ってくれる。
「こんなに共同生活が楽しいなんて思わなかったな」
 家に1人ではないこと、いつも話し相手がいて、寝るまで一緒にゲームもできる。課題も一緒にできる。
 嬉しくてそう言ったのに、ライマくんには「同棲って言ってよ」と落ち込まれてしまった。
「ぼくは新婚さんごっこみたいで、毎日めちゃくちゃ興奮してるよ」
 そう言ったライマくんは、今度はいい笑顔で笑った。その笑顔がちょっと怖くて、私は発言に気をつけようと後悔した。
 でも私たち、お付き合いしているわけじゃないんですからね。

 相変わらず学校では、ライマくんは噂の的だ。マユちゃんの話では一部の女子がファンクラブを結成したらしい。お昼休み、マユちゃんとお弁当を食べていると教えてくれた。
「ファンクラブが何か言ってきたらすぐに教えてね! 先輩だろうがなんだろうが、五十嵐くんの好きな人はリオなんだから。うちの推しカプはうちが守る」
 マユちゃんは拳を握りしめた。
「推しカプって……。でもありがとう。マユちゃんがいてくれてよかった」
 私が答えると、任せなさいと胸を張るマユちゃん。マユちゃんのその仕草が好きだ。可愛いのに優しくて強くて憧れる。クラスのみんなと仲良くできる人ってすごいなと思う。
「でもリオは五十嵐くんのこと、本当になんとも思ってないの?」
「なんとも思ってないわけじゃないんだけど……」
 恋愛感情があるのかといえば、それはわからないのだ。あの見た目のライマくんを目の前にしてドキドキしてしまうのは仕方がない事だろうし。全女子がドキドキしてしまう、はず。それに加えてハグとか手を繋ぐとかのボディタッチが多すぎるのもいけないと思うんだよね。
 私はライマくん以外の男の子と親密な関係になった試しがないから、これがライマくんだからなのかそうでないのかの判断がつかないのだ。
 結婚を迫られている身だけれど。
 確かに結婚の約束はしたれど、私だってやっぱり好きな人と結ばれたいと人並みに思うわけで。
「たぶん近くにいすぎて見えない的なやつね」
 マユちゃんがご馳走様ですと両手を合わせる。それはお弁当に対してなのかどうなのか怪しいところだ。
「次は数学かぁ。うち今日当たりそうだな」
 空になったお弁当箱を片付けて、私も机の中から筆箱を出そうと手を入れる。出した筆箱は私のものではなかった。
「あれ、これ誰のだろう。前の授業でこの机使った人かな」
 前の授業は選択授業で私も隣の教室にいたけれど、今まで忘れ物は無かった。この席に誰が座っていたのかもわからないし。
 マユちゃんが「あれ、それもしかして3組のタケダのじゃない?」と覗き込む。
「たしかこの席だった気がする。一緒に届けに行こう」
 ありがたい申し出に早速3組の教室へと向かった。
 私たちは5組だからすぐそこなのだけれど、6組の心春のところへ行くか、移動教室で4組に行く事しかない私はドキドキである。
「タケダは男子テニス部でね、男女合同で練習もやってるんだよ」
 マユちゃんはタケダ君なる人のことを教えてくれた。部活にも委員会にも入っていない私にとって、他クラスの人との交流は皆無だ。
「顔くらい見たことあるんじゃない? タケダいるー?」
 3組に着くと、教室のドアの前から大きな声でタケダ君を呼ぶ。
 その行動に私は内心、ひぇーっと悲鳴をあげてしまった。肩くらいはびっくりして強張って見えたかもしれない。
「はいよ、大木どした?」
 窓際で喋っていた男子がこちらへやってくる。日焼けしている肌に、長めの髪にちょっと色の落ちた毛先。ちょっと見た目がチャラそうで私はさらにビビる。顔に見覚えはなかった。これだけチャラそうな人ならきっと覚えているはずだよね……?
「これ、タケダの? さっき移動教室で忘れてない?」
 マユちゃんがポンとタケダ君に手渡しすると、タケダ君は中身を確認した。
「そうそう、俺んだ! 全然気づかなかったや。さんきゅー」
「お礼はリオに言って。この子の席にあったから」
「リオさん! あざっす!」
 タケダ君は眩しい笑顔でお礼を言ってくれた。めちゃめちゃ体育会系のキラキラ男子だ……と私は目を細める。毛先明るいけど。
「いいえ。次の授業に間に合ってよかった」
 ライマくん以外の男の子と喋るのは久しぶりで緊張してしまう。ドキドキしながら返事をした。
「あれ。リオさんって、あの転校生の好きな人って噂の?」
 タケダ君が私の顔をまじまじと見る。ライマくん以外にそんな風に見られたことがないからドギマギしてしまう。しかも、顔を見ただけでそんな認識されているとは思わなかった。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。もう校内でライマくんと一緒に出歩くのはやめようと心に誓う。
「そう。五十嵐くんの想い人の幼なじみよ」
 ドヤ、とマユちゃんが私の代わりに答えてくれた。
「私そんな認識なんですか……?」
 私が慌てて言うと、タケダ君は何が面白かったのかアハハと笑った。
「敬語ー! リオさんおもしれー!」
 いや、何が面白いのかさっぱりである。
「俺もリオって呼んでいい? 大木の友だちなら俺もめっちゃ仲良くなりたい」
 パリピはお強い……!
 けれど、私にとっても友だちができるのは自分の世界が広がるから嬉しい申し出だ。
「私でよかったら」
 マユちゃんの方を見ると、にこにこしていた。マユちゃんも私の友だちが増えるのを喜んでくれているのだと感じて私もにこっと微笑む。

 それからタケダ君は廊下ですれ違う時や私の姿を見かけた時に挨拶してくれるようになった。
 移動教室で私の机を使う時には、机の上にひと言メッセージが書かれるようになった。
『ねみー』とか、『もうすぐ大会』とかそんなメモみたいなメッセージだ。
 友だちとそんなやりとりをするのがとても楽しくて、私はタケダ君の書いたひと言メッセージはそのまま残しておくことにした。
 ライマくんはそれが面白くなかったようだ。
 夕飯後、ゲームをやろうと誘ったら神妙な面持ちで、聞きたいことがあるんだけど、と話し始めた。
 これは大事な話なのだろうと、私も居住まいを正す。
「最近りおちゃんにまとわりついてる男はなに」
 最初、誰のことだかわからなくてきょとんとしてしまった。
「名前も呼び捨てだし、りおちゃんはぼくの恋人だってあれだけ広まっていれば知ってるはずなのに。ちょっと図々しすぎると思うんだけど」
 私に話しかける男の子といえば、ライマくんのおかげでクラスの男子は私を遠巻きにするのでタケダ君しかいないのだ。それに思い至り、「タケダ君のこと?」と返事をする。
「そう、その男」
 ライマくんは名前を呼ぶのも嫌なようだ。クラスの人のことはちゃんと呼ぶのに。
「友だちだよ。友だちだから挨拶くらいするよ。呼び捨てなのは、マユちゃんと同じ部活だから仲が良くて。マユちゃんが私のことをリオって呼ぶから同じように呼んでるだけだよ」
 なぜそんなことを気にするのだろうと首を傾げる。
「りおちゃんはぼくの恋人なんだよ。なのにりおちゃんのこと構うだなんて、身の程知らずだよね」
 ライマ君は怖いことを言い始めた。
 待って待って。
「だから、友だちだってば。それにライマくんと私はお付き合いしてるわけじゃないでしょう」
 せっかく友だちになってくれたタケダ君に何かされては困る。せっかく友だちになれたのに。大事なことなので2回言うけど。
 私の発言に、ライマくんは怒ったようだった。小さい頃からあまり怒ったところを見た記憶がなかったけれど、明らかに部屋の気温が下がったのがわかった。
 瞳の色が揺らぎ始める。
 それを見て、あぁ、眼の色が変わるんだな、と私はどこか遠くでそんなことを考えていた。
 怖いもの見たさで、また赤い瞳が見たいと思ってしまった。しかしそれはすぐに後悔に変わる。発言に気をつけなければと反省したのに、またやってしまった。
「りおちゃん。ぼくはこの世で一番りおちゃんが大切で、もう絶対にそばから離れたくないんだよ。なのに、学校では別々に行動しないといけないって言うし。そしたら悪い虫がついた。りおちゃんの気持ちを一番優先したいと思って我慢してきたけど、ちょっとその男に気を許しすぎだよ。りおちゃんはぼくのりおちゃんなのに」
 ライマくんが言ってくれたこの世で一番大切だという言葉が心に沁みてきた。純粋に、嬉しい気持ちが溢れてきた。
「あ、ありがとう」
 嬉しい気持ちを感謝で示すと、ライマくんはパッと笑顔になった。わかればいいんだ、とでも言いたげな顔だった。瞳の揺らぎはもう無かった。
「それで、いつ結婚する?」
「結婚は、まだ考えられない……それに結婚よりお付き合いが先なんじゃないかな」
 苦しい言い訳だ。
「じゃぁ付き合えばいいんじゃないかな?」
「えっと、それは……」
 一緒に住んでいるとはいえ、この話題は素直に話せなくなる。心拍数があがってしまい、ライマくんには照れているとバレている気がする。ごにょごにょと濁すと、「まぁいいけどね、すぐその気にさせるから」とニコニコしながら強気の発言をいただいてしまった。
 ううっと話題に詰まると、ライマくんは「でも」と眉間に皺を寄せる。
「あの男とはもう話したりしないでね」
 話が最初に戻ってしまった。
「でも、友だちだからそんなことできないよ。挨拶くらいはするよ」
 私も譲歩したつもりだった。でも彼氏でもないライマくんにそこまで友だちとの交流の制限をされる理由はない。その理由が欲しいから付き合いたいのかもしれないけれど……。私だって友だちと話くらいしたい。タケダ君は今まであまり仲良くしたことのないタイプだし、新しい友だちなんだし。
「りおちゃんわかってよ」
「わかんないよ。友だち付き合いまでライマくんにとやかく言われないといけないなんて」
 さっきは失敗したって後悔したのに、でもやっぱり友だちのことは口出しされたくなかった。つい強い口調で言ってしまった。
「だからぼくのりおちゃんに近づいてほしくないんだよ!」
 ライマくんもいつもの優しい口調から強い口調になっている。
「でも友だちだもん!」
「りおちゃんのわからずや」
「ライマくんの方がわからずや! 私はライマくんのものじゃない!」
 売り言葉に買い言葉で言い合ってしまった。
 ハッとした時には、ライマくんは泣きそうな顔をしていた。瞳はもちろん揺らいでいる。
 子どものケンカと同じだ。けれど私は居た堪れない気持ちになってしまい、自分の部屋へと駆け込んだ。
 謝らなければ。でも今は顔を見たくない。
 布団に突っ伏して、その日はそのままライマくんと顔を合わせずに寝てしまった。
 再会して、初めて喧嘩をしてしまった。
 
 
 
 
 朝。
 昨日のケンカのことをまだ引きずっていて、私はライマくんと顔を合わせるのが怖かった。
 できたらなるべく顔を合わせずに学校へ行こう。
 リビングではもうライマくんが朝食の準備をしてくれている様子だった。部屋から出ると程よく焼けたトーストと卵の美味しそうな匂いがする。
 大手を振って朝ごはんを食べたいけれど、ライマくんが席についている。彼の目の前に出て行く勇気は、今の私にはなかった。
 仕方がなく顔を洗い部屋に戻って着替えや学校へ行く準備をする。廊下からライマくんが自室へ戻る音がした隙に、リビングへ行って朝食を取って部屋へ戻った。慌てて朝食を済ませ、ライマくんが家を出る前に走って学校へ向かう。
 きっと私の行動全てお見通しなのかもしれないけれど、今はまだ素直に謝る気持ちになれなかった。
 ただ言い過ぎてごめんねと言えば済むだけの話なのはわかっている。こういうことは早く済ませた方がいいこともわかっている。
 けれど何を恐れているのか、心の準備ができていないのか、ただライマくんと距離を置きたいと思ってしまったのだ。
 一緒に住んでいる限り、顔を合わせないのは難しい。仲直りしたくないわけではない。今までの共同生活が楽しかったから、できればもう少しこの共同生活を続けたい――まだ一人暮らしの心の準備ができていないということなのだけれど。家を出て行ってとも言いにくいし。
 慌てて学校へ来てしまったからコンビニに寄ってお昼ご飯を買い忘れてしまった。けれど学校へついてしまえば、ライマくんは私との約束を守ろうとしてあまり話しかけてこないだろう。
 お昼ご飯は購買でパンでも買おう。
 案の定、ライマくんは私に話しかけてこなかった。チャイムギリギリに登校してきて、静かにしている。
 ほっとしたような、怖いような、変な感じだ。泳がされているのかもしれない……。でも私たち彼氏彼女の関係じゃないんだから束縛される事の方がおかしいんだもんね?
 私間違ってないよね??
 友だちくらい、私の自由にしていいはずだよね???
 見られている視線は感じるけれど、今はそっとしておいてオーラを出し(出ているといいんだけど)て乗り切った。
 お昼休みに購買へ向かっていると、ライマくんが急に目の前に現れてお弁当の包みをさっと渡してくれた。
「これりおちゃんの分」
 驚いた私は返事ができずに口をパクパクさせてしまう。
 そんな私を見てライマくんは踵を返して去っていった。表情は怒っているようにも困っているようにも見えたけれど、何も言わないと言うことは自分も悪かったなと思っているのかもしれない。
 私もなんだか頑なになってしまう。
 お弁当箱の蓋を開けると、いつも私が作っているようなおかずが詰め込まれていた。ライマくんが作ってくれたのだと思うと、嬉しくなる。お弁当のことまで考える余裕のなかった私とは大違いだ。
 卵焼きを食べると美味しくてちょっと切なくなった。
「リオなんかあったの? 五十嵐くんと喧嘩でもした?」
 マユちゃんが心配そうに私を覗き込む。
 なんと鋭い。
「実は……」
 かくかくしかじかで、と言い争いの内容を話してしまう。
「あれだけ初日に牽制してたから、付き合ったら束縛激しいタイプそうだったけどやっぱりかぁ〜。いやぁ、愛されてますなぁ!」
 マユちゃんは誰の真似だろうという口調になった。
「なんだか私も頑なになっちゃって」
「でも友だちを決めつけられるのは嫌だよねぇ」
 推しカプの喧嘩悩ましいわぁ、とマユちゃんは腕組みをした。
「二人には幸せでいて欲しいけど、やっぱり喧嘩はしないとさらに仲が深まらないということなのかしら〜。でもリオも早く仲直りした方がいいって思ってるんでしょ? よく話し合ってみたら?」
 マユちゃんはせっかく親身になってくれたのに、ライマくんと話し合ってもどうせ平行線になるだろうなと考えたらムッとしてしまった。
 そんな気持ちを抱えながら、それでも強く言ってしまったことを謝らなければと思えるくらいになった。同じ教室にいてもなんだか変な気持ちだし、ライマくんの視線が痛かった。気のせいではないと思う。授業中ずっと背中がチクチクしていた。
 家に帰ったらライマくんとちゃんと話そう。
 そう決意したのに、なんだか帰りづらい。
 ちょっと校庭の隅で、運動部の様子を見ているふりをして座り込む。
 スーパーに寄って野菜を買い足さないといけないし、明日のお弁当のおかずも買わないと。
 そう考えるばかりで足は動かない。
「おっリオ〜。めずらし、何してんの」
 後ろからタケダ君がやってきた。テニス部のユニフォームを着て、手にはラケットを持っている。
「タケダ君。ちょっとたそがれてる。テニス部は練習の時もユニフォームなんだね」
 タケダ君は私の隣に座り込む。
「たそがれてるって」
 私の返事に笑いながら、やっぱリオおもしれーと言うタケダ君。
「これ中学ん時のユニフォーム。名前も入ってないし練習着にしてんだよね」
「そうなんだ」
 どうしよう会話が続かない、友だちなのに。
 次の話題を探していると、タケダ君が突然肩に手を置いた。私は突然のことに驚き肩をこわばらせる。
 なんだか、違和感。
「リオってあの転校生とほんとに付き合ってないの?」
「うん、付き合ってないよ」
 それにしても、友だちとの触れ合いってみんなするものなの? 心春やマユちゃんとすらしないのに。
 タケダ君は私の肩に置いた手を今度は腰へと回した。
 ぞわり、と背中が凍る。全身鳥肌が立ち、これは不快な気持ちだと気がつく。
 でも友だちだし、嫌なんて言ったら傷つけちゃうかな……。
「じゃぁさ、俺と付き合おーよ」
 そう言ったタケダ君が距離を詰めてきて、身体が密着しそうになって。
 私はもうその不快感と恐怖に耐えられなかった。
「ちょっと離れて……」
 出た声が小さすぎて自分でもびっくりした。
 タケダ君を避けるように身体を拗らせる。
 その時「ねぇ」と背中から低い声が聞こえた。
 聞き覚えのある声に振り返ると。
 ライマくんが私たちを見下ろしている。
 瞳が揺らいでいる。
 これは他の人に見られたら大変なことになる。
 私は慌ててタケダ君から離れた。ライマくんのおかげで身体が動いたようなものだ。
 ライマくんはタケダくんの宙ぶらりんの手を掴んだ。
「何してるの」
「いや、あの」
 タケダ君もライマくんの冷たい目に射抜かれてしまった様子だ。
 その時もう少し後ろからマユちゃんの怖い声が聞こえた。
「ちょっとタケダァ!! 何やってンのよぉ!!!」
 ダダダダダと走ってくるマユちゃんの形相が怖くて、私もびっくりしたけれどタケダ君はもっとびっくりしたらしく、「わりぃ」と言って走り去った。
 ライマくんもびっくりした顔をしてタケダ君を追いかけるマユちゃんを見送っていた。
「ふたりとも、ごめんねぇー!」
 マユちゃんが大きい声でそう言いながらタケダ君を追いかけて走り去る。
 残された私たちは、気まずい空気だ。
 ライマくんの顔を見れない私は、それでも助けてくれたお礼を言った。
「あの、ありがとう」
 ライマくんはまた怒ってるみたいだった。
「だから気を許しすぎだって言ったでしょ」
「ご、ごめん」
「いいから帰ろう」
 ライマくんは私の手を引いて歩いていく。
 私はとぼとぼと引っ張られるまま歩いて着いていく。
 なんだかうやむやになってしまったけれど、ライマくんのとケンカは仲直りできたと思ってもいいのかな。
 スーパーで買い物をし、帰宅する。玄関に入ってカバンを置いた途端にライマ君が私の肩におでこを乗せた。
「ねぇりおちゃん。さっきのあの男、こことここ触ってたよね?」
 ライマくんはタケダくんが手を置いた肩と腰に順番に触れた。
「もう絶対他のヤツにどこも触らせないで。りおちゃんの髪の毛一本もすべてぼくのものだから」
「でも美容室に行くよ」
「そういう事じゃないよ」
 ライマくんはそう言って私を抱きしめた。
 もうそろそろ、ライマくんのこういうスキンシップに慣れないといけないのだろうに、私は全然慣れない。
 ドキドキしながら固まってしまう。
「りおちゃんはあいつに触られてどう思った?」
 さっきのことを思い出すとまた鳥肌が立ちそうになる。
 タケダ君に抱きしめられそうになってびっくりした。ハグってそんなに誰にでもするものじゃない、というのが私の認識なのだ。とはいえ、ライマくんのおかげでその認識もおかしくなりつつあるのだけれど。
 けれどタケダ君に触れられた時は嫌だと思ってしまったのだ。そんなことを言ったらタケダ君を傷つけてしまうだろうから言えない。
 なかなか答えない私に、ライマくんは「イヤだった?」と聞いた。私はこくんと頷く。
「じゃぁぼくは?」
 ライマくんは私の背中を優しく撫でる。
 ライマくんに触られるのは、凄くドキドキするんだよ。ドキドキするけど、ずっとそうしていてほしいって思っている自分もいる。なんでだろう。
 汗ばんできてしまった私は慌ててライマくんを引き剥がしにかかる。そんな私にライマくんは「イヤ?」と聞く。
「イヤじゃないから困ってるんだよっ」
 私の慌てた返答に、ライマくんは少し離れて満足げにニンマリと笑った。
 絶対、顔が赤くなってる。
「それってぼくのこと好きってことでしょう。さっきみたいに嫌な思いするくらいならぼくと付き合った方がいいと思うよ」
 さっきみたいな、なんて、滅多にしない体験だし初めての経験だからライマくんの理屈がわからないけれど。でもできればもうあんな経験はしたくないと思う。
「お試しでもいいから」
 ライマ君は突拍子もないことを言い始めた。
「お試しって」
「結婚生活のお試しもしてるんだし、お付き合いのお試しもすればいいよ」
 戸惑う私に畳み掛けるライマくん。
「でもそんなの、お試しなんて誠実じゃないよ」
 どう断ったらいいのかわからず咄嗟に出た言葉に、ライマくんはムッとして眉を顰めた。
「ぼく、りおちゃんにそうやって断られると結構傷ついてるんだよ。結婚の約束をしているのに」
 そんな風に言われるとは思っていなかった。
 いつも飄々としていて、傷ついているそぶりなんてひとつもなかったのに。
 友だちを傷つけないようにとばかり考えていたけれど、私はライマくんを傷つけていたのかと自分の行動を反省する。
「傷つけるつもりはなかったの。ごめんね」
 そう素直に謝れば、ライマくんは硬い表情のまま、さっと顔を近づけてきた。
 ドキッとしたところで、ライマくんが私の首筋を指の背で撫ぜる。それが顎、頬へと上がってきて、心拍数が上がる。いつも触れないところに触れられて、先ほどの背中よりもドキドキしてしまう。
 ライマくんの瞳から目を逸らすと、瞼にキスを落とされる。
「や、やめっ」
 恥ずかしいしやめて、と言いたかったのにうまく言葉が出ずに変な声が出てしまった。
「じゃぁ、お付き合いしてもいいよね」
 ライマくんの指は私の頬から耳へと移動し、やわやわと耳たぶを弄ぶ。
 私は羞恥で息ができず、この場から逃げ出したくなる。
 とにかくこの状況から抜け出したくて、こくこくとうなづくとライマくんにぎゅうーっと抱きしめられてしまった。
「ありがとりおちゃん。めちゃくちゃ嬉しい」
「はっ離して……」
 弱々しく抵抗してみせると、ライマくんはパッと離してくれた。やっと息ができた。
 そんな私を見て、ライマくんは一番いい笑顔で「やっとぼくのものだ」と言ったのだった。

 
 
 あの場から逃れたかったから頷いてしまったとはいえ、ライマくんと彼氏彼女の関係になってしまった。
 確かにライマくんのことは好きになり始めている予感はしていたけれど、こんな押し切られる形でお付き合いだなんていいのだろうか。
 一晩悩んだけれど、ライマくんの嬉しそうな姿を見るとまぁいいかと思ってしまう私はすっかりライマくんに絆されてしまっているようだ。
 それにしても朝から糖度が高い。
 おはようのハグをされ、やりたいと言われ髪の毛を梳かしてもらい、玄関を出たら手を繋ごうと手を繋いで登校してしまった。
 ハグなんて前からされていたことなのに、お付き合いをし始めた途端に変な意識をし始めてしまい始終ドギマギしている。私だけ。
「学校ではやっぱり恥ずかしくてムリ!」
 思わず手をはなすと、ライマくんはしょんぼりとしてみせた。それからすぐに口もとに人差し指を当てて「いいよ、イチャつくのは2人きりの時だけってことね」といたずらっ子の顔で言った。
「ちっちが……!」
 否定をしたけれど、私は昨日の夜のライマくんに触れられたことを思い出して恥ずかしくなってしまうからなんて言えなくて。
「ぼくもりおちゃんのそういう顔は誰にも見せたくないからさ」
 ライマくんはそう言って私の頭にキスをして先に教室へと入って行った。
「なっ……!」
 だからそういう事するからまたクラスメイトに勘違いされるでしょう?
 あれ、もう付き合ってるから勘違いではない?
 でも恥ずかしいからやっぱりダメー!
 ひとり心の中で喚いていると、後ろから「まさか……」と小さな声が聞こえた。
 ハッとして振り向くと、マユちゃんが私を見つめながら手を合わせている。
「推しカプが結婚した」
「まだしてない……!」

 マユちゃんは昨日のタケダ君のことを謝ってくれた。
「マユちゃんが謝ることではないよ」
「うちがめっちゃ怒っといたからもうしないと思うけど、また近づいてきたらすぐに言って」
「ありがとう」
「でもおかげで推しカプが付き合う事になったなら、タケダもナイス当て馬……じゃ可哀想か、ナイスアシストだったかな」
 ぐっと親指を立てていい笑顔のマユちゃんに私は照れていいのやら否定したほうがいいのやら。
 お昼ご飯を食べ終わった私の元にライマ君くんがやってきた。お昼はいつも教室からいなくなる。どこへ行っているのだろう。前に聞いた時はナイショだよと言われてしまった。
「一緒に帰ろうって言い忘れてた」
 特に言わなくても一緒に帰ったりしていたのになぁと思いながら「わかった」と返事をする。
 教室中の視線がなんだか生温かかった。
「なんか……、みんなどうしたの?」
 マユちゃんにこっそり聞くと、菩薩の静かな微笑みのような笑顔で「やっと付き合ったかと思っているのですよ」と答えてくれた。
 その答えに私は赤面するしかなかったのだった。

 放課後、約束通り一緒に帰ろうと準備をしていると、ライマくんは先生に呼び出されてしまった。
 しょんぼりと私の方を見て先生の後をついていくライマくんに、待ってるよと心の中で言って手を振る。
 しばらく教室で待っていたけれど、なかなか帰ってこない。たまには図書館にでも行ってみようかなと教室を出た。
 そこへ、他のクラスの女の子3人が私の行手を阻んだ。
「田中さん、ちょっといい」
「あの、何か?」
 話したこともないし、リボンの色が私と一緒だから同じ学年ということしかわからない。
「ねぇ、五十嵐くんと付き合ってるって聞いたんだけど」
「えっ、あ、それは……」
 まさか付き合うことになって初日から学校中にバレてるってこと!?
 私は照れてモゴモゴと返事をする。それが彼女たちの気に触ったらしく、はぁ、と大きなため息をつかれた。
「五十嵐くんがあんたのこと好きだって公言してるけど、五十嵐くんのこと本気じゃないなら適当な気持ちで付き合ったりしないでよね!」
「五十嵐くんが田中さんを好きでも、二人は釣り合ってないから勘違いしない方がいいよ」
「五十嵐くんに謝るなら早いほうがお互いのためだと思うよ」
 3人がそれぞれ言いたいことを言って私を睨みつける。
 なぜこんなことを言われないといけないのだろうと思うと同時に、ここまでの嫌悪感をぶつけられたことがなかった私は頭が真っ白になる。
 なんと答えたらいいのかわからない。
「ちょっとなんか言いなさいよ」
「まるで私たちが田中さんをいじめてるみたいじゃない」
「忠告してるだけなのにねぇ。もしかして、真実を言い当てられてショックなんじゃない」
 私は息ができなくなってしまっていた。
 なぜ知らない人からこんな嫌な感情をぶつけられているのだろうか。
 何か、言い返さないと。
 そう思うのになんと言えばいいのか言葉が思い当たらない。
 あまりにも長い時間に思えたその時。
 ライマくんが私を抱きしめ、私の視界は彼女たちからライマくんの制服へと移った。
 ライマくんの匂いと、背中をさする手に安心し肺に空気がたくさん入ってきた。
 その時ようやく自分が震えていたことに気がつく。
「あ、五十嵐くん」
 3人の声色は先ほどとは打って変わって猫なで声になる。
「りおちゃんを傷つける奴は許さない」
 聞いたことのないような冷たい声のあと、ライマくんからブワッと何かが湧き上がるのがわかった。
「「「ひっ」」」
 3人の悲鳴が聞こえたとおもったら、バタバタと倒れ込むような音がした。
 震えはおさまらないけれど、呼吸が楽になったことで頭がだいぶはっきりしてきた。そっと様子を見ると、3人は廊下で倒れていた。
「えっ」
 何があったのかとライマくんを見上げる。
 その瞳が真っ赤に輝いていた。
 くらり、とめまいがする。
 ぎゅっとライマくんの制服にしがみつくと、ライマくんはハッとしたように私を抱きとめる。
「ライマ様、あとは我々が」
 音もなく以前ライマくんの国で会った2人が現れていた。
「頼んだ」
 ライマくんは落ち着いた声音でそう言うと、私を見下ろす。
「りおちゃんしっかりつかまってて」
 さっと持ち上げられたと思ったら、お姫様抱っこである。
「お、重たいから」
 私の慌てた姿に、ライマくんの瞳の赤色が揺らいで灰色に戻り、にっこりと微笑んだ。
「全然重たくないよ。ぼく魔族だから力はあるほうなんだよね」
 執事服とメイド服の部下2人に背を向けると、ライマくんの足元から風がふわりと湧き上がり、瞬きをしたらそこは私の家だった。
「えっ?」
 驚きのあまり目を見張ると、ライマくんがぎゅうっと私を抱きしめた。
「ごめんねりおちゃん。1人にするんじゃなかった」
「ていうか。それよりも、瞬間移動……?」
「ぼくは魔族だからね。このくらいは」
 ライマくんが魔法を使ったの、初めて見た……。
 というか、魔法で瞬間移動してしまった……!
 感動と驚きで、先ほどの恐怖はすっかりどこへやらだ。
 けれど、あの倒れた3人は大丈夫なのだろうか。
「あの、さっきの3人は?」
 ライマくんは驚いたように私を見る。
「どうして? りおちゃんに酷い事を言っていたのに」
「だって突然倒れて心配だよ」
「りおちゃんって本当に優しすぎ……。ぼくの目を見て気を失っただけだから大丈夫だよ」
「ライマくんの赤い瞳を見られても大丈夫なの? 何か噂になったりしたら困るでしょう?」
「りおちゃん……! ぼくの心配までしてくれるの嬉しい」
 ライマくんはさらにぎゅっと抱きしめてくる。ちょっと苦しい。
「だって、ライマくんが学校にいられなくなったら困るでしょう?」
「まぁ一応、国からは人間界への遊学という名目で来ているからね。高校には行かなくても遊学にはなるからさ。でもりおちゃんと学校に通う夢が叶って幸せだけど、まだ一緒に通いたいんだよね。だからさっきの2人があの3人に記憶操作の魔法をかけてる。さっきのことはすっかり記憶からなくなってるはずだよ」
 へぇ、魔法ってすごいなぁと感心しつつ、あの3人は無事なんだろうと思うと悪意を向けられたとはいえ少しほっとした。
「りおちゃんは心配しなくて大丈夫だよ。それよりも怖い思いをしたんだから楽しいことして忘れよう」
 制服を着替えてくると、ライマくんはテーブルにおやつを用意して私を待っていた。
「りおちゃんここにおいでよ」
 自分の膝をたたくライマくんに、流石の私もそんなところには座れないとと赤面しながら隣へ座る。
 ライマくんはちょっとしょんぼりしてみせると、後ろから私に覆い被さってきた。
「膝の上に座ってくれないならぼくの檻に入れちゃうからね」
 なんか怖い単語出てきた……。
 とはいえ、私よりも大きいライマくんは私の体をすっぽり覆ってしまうくらいだ。後ろから抱きしめられることには慣れたはずなのに、座っていると守られているような気持ちになる。
 嬉しいけれど、なんだか恥ずかしい。
「ライマくん、この体制はちょっと恥ずかしいな」
「えー、一番恥ずかしくないやつだと思うんだけどなぁ」
 すっとぼけながらそのままお菓子を私の口に入れてくれる。
 離してくれるまで諦めた私はそのままおやつを食べる。テレビは5年くらい前の学園ドラマが流れていた。
 そのうちに、クンクンとライマくんが私の髪やうなじの匂いを嗅ぎ始める。
 恥ずかしさを忘れていたのに、そんな事をされたらもっと恥ずかしい!
「汗くさいからダメ」
 手でガードすると、ライマくんは優しくその手を握ってガードを剥がされてしまった。
「りおちゃんいい匂い。はぁ。一緒にお風呂に入りたいなぁ」
 なんでこんな急に甘えん坊な子どもみたいこと言うんだろう!?
「そ、そ、そんなのダメだよ! そういうのは結婚してから」
 慌てて断ると、ライマくんは後ろから私を覗き込んでニンマリと笑った。
「結婚してから、ね」
 あー!
 余計なことを言ってしまった!
 思わず顔を両手で覆うと、ライマくんのクスクス笑う声が聞こえた。
 その時、ライマくんのスマホが鳴る。
「ちょっとごめん」
 電話かな? と振り返ると、ライマくんが難しい顔をしていた。
「了解。すぐ行く」
 電話を切ったライマくんは、すまなそうに言った。
「ごめんりおちゃん、さっきの件で父さんに呼び出されちゃった。ちょっと行ってくるね。すぐ帰るから」
 さっきの件というと、赤い目を見られたこと?
「うん、いってらっしゃい」
 私がそう言ったのを確認すると、ライマくんは玄関を出て行った。そこは瞬間移動じゃないんだ。
 夕食の準備を済ませてもライマくんは帰ってこなかった。
 寝る準備を済ませてもまだ帰ってこない。
 すぐっていつなんだろう。
 1人の部屋が、こんなに広く感じるとは思わなかった。
 ママがアメリカに旅立った日よりも物悲しく感じる。どうしてだろう。
 寂しくて、見ているようで見ていないテレビの音を少し大きくした。
 時計を見ると10時を過ぎている。
 もう寝てしまおうか。
 膝を抱えてしばらく考える。
 ライマくんがいないだけでこんなに寂しくなるなんて。いつの間にか、ライマくんの存在がこんなに大きくなっていたんだと実感する。
 後ろから抱きしめてくれたことを思い出し、胸の奥がきゅうっと握りしめられるような感覚がした。
「早く帰ってきてさっきみたいに抱きしめてよ……」
 思わず声に出していってしまったことに気がつき、ひとりで赤面する。
 なんてことを言っているんだ!
 これではまるで……
 まるで、ライマくんのことが好きみたいだ。
 みたい、じゃなくて、好きになっていたんだ。
「好き……」
 抱えた膝に顔を押し付ける。気づいた感情に恥ずかしいやら嬉しいやら。
 その時、やっとライマくんが帰ってきた。
「ただいま。りおちゃんぎゅーってしてぼくを癒して」
 疲れた顔をして帰ってきたライマくんにおかえりと言いながら駆け寄ると、ぎゅうっと抱きしめられた。
 気づいたばかりの恋心にドギマギしながら抱きしめ返すと、ライマくんは耳元で「ぼくも、りおちゃんのこと好きだよ」と囁いた。
 私は顔から火が出る思いだった。
 独り言はこれから気をつけなければ。
 
 

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