ママが海外に行くまでの間、毎朝ライマくんは私を迎えにきて帰りも送ってくれるようになった。
 おかげで、ライマくんへの不信感や恐怖心がなくなり、小さい頃に遊んだライマくんだと認められるようになった。普通に話せるようになったし、信頼関係は築けていると思う。
 私は一応自分とライマくんの分のお弁当を作り持って行っている。
 お昼休みはせっかく出来た友だちと一緒に過ごしたいから食べる時は別々だけれど。
 もうすっかり学年中に、ライマくんは私に片思いをしているという噂が広まってしまっていた。
 なんであんなパッとしない子を? という目で見られるのにはだいぶ慣れてきた。
 心春は相変わらずライマくんに敵対心を燃やしていて、ママの海外転勤の話をしたら「あたしも莉緒を守るからね」と言われてしまった。
 心春と話していると、なぜかライマくんが後ろからやってきて、私を後ろから抱きしめてくる。そんなことをするから余計に心春もライマくんに良い印象を持たないのだと思う。そう話したら「ぼくが知らない間のりおちゃんと仲良しだったの、ずるい」と言われてしまった。それはどうにもならないことだから仕方がないのに。
「これからたくさんりおちゃんと過ごしてあのナントカって人より仲良しになる」
 ライマくんが心春に嫉妬していることを知った。心春の名前くらいは覚えてほしい。
「私と仲良しになるんだったら、私の友だちとも仲良くしてほしいよ」
「うん〜〜、努力する」
 肯定なのかわからない返事をされてしまった。見た目に反して、子供っぽいところがあるんだなぁ。

 とうとうママがアメリカへ旅立った。
 ママがいない家はさみしくなるだろうけど、今までも仕事で忙しくしていたからあまり変わらないだろう。そんな風に思っていた。
 けれど、実際ママが帰ってこないと思うと途端に心細くなる。
 1人でご飯を食べて、お風呂を済ませるとなおさら寂しくなり、さっさと寝ようと布団へ入った。
 一人暮らしって、こんなに心細いものなんだ。
 明日は土曜日で学校もない。心春もマユちゃんも部活で忙しくしている。会えるとしても、夕方とかになってしまうのではないだろうか。
 でも寂しいから会いたいだなんて、子どもっぽすぎる理由で連絡してもいいのだろうか。
 そんなことをぐるぐる悩んで結局諦める。
 諦め癖がついたのはいつからだっただろう。
 パパとママが離婚した時はまだワガママも言っていた。すごく疲れて帰ってきても仕事が楽しそうなママの姿を見て、私は自分でできることをしなくちゃと思い始めた。その頃からかもしれない。
 ママに話したいこと、お願いしたいことたくさんあったけど、ママは忙しいから、で諦めるようになっちゃった。
 ママが海外に行くって話してくれた時に、私も一緒に行くって言えばよかったのかな。でも私は憧れの高校で友だちができて、これから楽しい学校生活にとてもウキウキしていた。
 ママに行かないでって言えばよかったのかな。
 布団を頭から被り、涙を堪える。
 その時、スマホの通知音が鳴った。
『りおちゃん家に行ってもいい?』
 ライマくんからのメッセージだった。
 こんな時間に来るなんて非常識だよ、と思いながらも断ってもどうせ来るのだろう。
『いいよ』と返事をする。
 寂しがっているなんて思われたくないから平気な顔して待っていなければ。
 布団から抜け出した途端に玄関がガチャリと開いた。あまりの速さにびっくりする。自室から顔を出すと、ライマくんが内側から鍵をかけているところだった。
「早かったね……」
「心配で。そこにいたからね」
 りおちゃんのお母さんに借りた鍵で入って来ちゃったよと鍵を見せた。
 なんでライマくんは心配だったのだろう。
 私が寂しがっているって、わかったのだろうか。
 ライマくんは靴を脱いで上がってくると、優しくふわりと私を抱きしめた。
「寂しい時は、寂しいって言っていいんだよ。りおちゃんは我慢しすぎだよ」
 
 どうしてそんなことがわかるの?
 どうして我慢しすぎだなんて言うの?
 だって、ママが仕事を頑張っているのを応援するのが好きだから。私が少し我慢すればいいだけのことだから。
 ママだって忙しいなか、なるべく私の行事ごとには参加してくれていたから、わがままなんて言えないよ。
 
 ライマくんは私の背中を優しく撫でてくれた。
 抑えていた気持ちが溢れる。思わずライマくんの胸元に顔を押し付けてしまった。涙だけは我慢したかったんだけど。
「一人暮らしって、こんなに心細いとは思わなくて」
 気持ちを吐き出すと涙まで溢れてしまった。
 ライマくんは優しく背中を撫で続けてくれる。
「私も今の学校で高校生活頑張りたいし、ママにも好きな仕事頑張ってほしいから納得して決めたのにね。なんでだろうね」
 
 その日はそのまま、ライマくんに背中をさすられながら眠ってしまった。私のベッドで。泣き止んだ後の記憶があまりないけど、疲れてそのまま「寝る〜」と布団に入りライマくんも一緒に寝たらしい。
 朝起きたらライマくんが隣に寝ていてとてもびっくりした。
 すんごくびっくりしたのだ。
 抱きしめてくれて、背中を撫でてもらって安心してしたことはよく覚えている。
 それがとても嬉しかった。
 心がほわっとあたたかくなって、毛布に包まれているような感覚だった。私って本当は寂しがりやだったのだろうか。
「ライマくんごめんね」
 起きてから謝ると、まだまだ眠そうなライマくんが目をこすりながらへにょっと笑った。
「そのために来たんだからいいんだよ。でも今回のことでよくわかったでしょう? ぼくと一緒に暮らした方がいいって事」
 可愛らしい笑い方で言うセリフではないんじゃないかな……。
 ママがいない家に慣れるまでは、防犯的にもママを安心させるためにもライマくんと一緒にいる方がいいのかもしれないと思い始めている私がいる。
「じゃぁ、ママが帰ってこない夜に慣れるまで一緒に住もうかな……」
「絶対それがいいよ! 今日からそうしよう」
 子どもの時みたいに嬉しそうにするライマくんを見て、私も嬉しくなった。
 魔族の王子様だけど、昔一緒に遊んだ友だちには変わりないのだ。連れていかれそうになって怖かったけれど、こんなに優しくて私の気持ちを尊重してくれる。
 で、でも、まだ結婚は早すぎるから。
 結婚についてはまだ考えられません!

 朝ごはんを済ませると、ライマくんは「一旦荷物を取りに行ってくるね」と家を出て行った。
 すぐに帰って来たけれど。
 学校の荷物と、少しの着替えだけだ。
「これだけで大丈夫?」
「また必要なら持って来てくれるから大丈夫」
 誰とは言わなかったけれど、あのクラシカルメイド服のお姉さんたちのことかな。
「本当はぼくの家でりおちゃんと暮らす準備をしていたんだけど。でもりおちゃんがここに住んでいいって言ってくれたからあっちには結婚してから住もう。ぼくがりおちゃんを甘やかしてあげるからね」
 そう言ってまた私を優しく抱きしめる。
 私はふんわり包まれるようなこの感覚が気に入ってしまって忘れていたけれど、これではまるで恋人のようではないか!
「ち、近い……」
 思わず恥ずかしくなって、ライマくんを押し退けると、ライマくんはむすっとしてしまった。
 もうお互い子どもじゃないんだから。
 一緒に住むのだし、パーソナルスペースというものは守っていただきたい。ちゃんとルール作りをしなければならないなと思い至る。

 我慢しすぎだと言われたことで、心春に素直に『一人暮らしが思った以上に寂しかった』とメッセージを送った。
 部活が終わった後に『いつでも遊びに行くぞー!』と元気になる返事が来た。
 嬉しくてニコニコしてしまう私。
 返信しようとしていると、心春から電話がかかってきた。
「もしもし? 大丈夫? 心配だから今日泊まりに行こうか?」
 ありがたい申し出だったけれど、家にはすでに先客がいる。
「心配してくれてありがとう! 心細くて心配だったけど、昨日の夜からライマ君が来てくれてるんだ。また今度泊まりに来てね!」
「え? アイツ? いつの間に! むしろその方が危ないじゃん!」
「昨日も何もなかったし、なんか昔みたいな感覚で。昨日はうっかりしちゃったけど、私もちゃんと気をつけるし大丈夫だよ〜!」
「なに? なにをうっかりしたの? 男はオオカミなんだよ! 心配すぎるー!」
「私がうっかり寝ちゃっただけで、本当に何もないの! 変な言い方してごめんね」
 オオカミどころか、人間ですらないんだけどね……。
 心春が白熱してきたところで、後ろからライマくんが私を抱きしめてきた。
 だから!
 近いし!
 恥ずかしい……!
 なんですぐ抱きついてくるんだろう。
「そういうわけなんで、心配しないでください〜」
 ライマくんは心春に言って通話ボタンを押した。通話が切れる前に心春の「ムキィー!」という叫び声が聞こえたのが心配だ。
「ライマくん、抱きついてくるのやめない?」
「だってりおちゃんに構ってほしいんだもん」
「でももう私たち高校生だし、あまり良くないと思うな」
「だってぼくはりおちゃんのことが大好きなんだよ。本当ならずっとこうしていたいのに」
 ライマくんは私の頭の上でむすーっと頬を膨らませた。
 可愛い顔をしても、私は絆されないんだからね……。

「そういえば、私が寂しいってどうしてわかったの?」
「指輪。魔法でなんとなーくりおちゃんのことがわかるようにしてあるんだよね」
 ライマくんはイタズラっぽく笑った。
 指輪は薬指だとどうしても恥ずかしいので、ネックレスのようにチェーンを通して首にかけているのだ。身につけていないとライマチェックが厳しいので、一応肌身離さず持ち歩いている。綺麗だし、なにより初めてもらった本物の指輪だからやっぱり嬉しくて。
 でもやっぱり普通の指輪じゃなくて魔族の指輪なのかな?
「魔法も使えるの!?」
「魔族だからね」
 ねぇそれって、もしかして。
 位置情報とかもわかるやつ?


 〜その頃のライマ君〜
 りおちゃんが泣き止むと、疲れが出たのか「ねむい」と船を漕ぎ始めた。
「ねる」とりおちゃんの部屋へ行く。引っ張られるままぼくもついていく。
 りおちゃんが寝入るまでここにいようと思っていると、ぼくを引っ張ったままりおちゃんは布団へ潜り込んだ。
「りおちゃん、ここにいるから大丈夫だよ」
 そう言っても、りおちゃんはなおも腕を引っ張りぼくを布団へ誘う。
 りおちゃんがいいならもちろん一緒に寝るんだけど。
「ぼくも入っていいの?」
 りおちゃんはほとんど寝た状態で「うん」と答えた。
 起きたら絶対驚くと思うんだけど、誘ってもらったんだからいいよね。
 かわいいりおちゃん。ぼくがりおちゃんのことをどのくらい想っているかなんて、これっぽっちも考えたことがないんだろうなぁ。
 ぴったり寄り添って眠るりおちゃんの首元に顔を埋める。りおちゃんの薫りを深く吸い込むと、体の奥が疼いた。
 目の色が変わりそうなのを我慢する。
 目の色が変われば理性なんてあっという間に飛んでいってしまうだろう。
 全身漏らさず触ってキスして、ぼくのしるしをつけてあげる。今やろうと思えばできるけど、それはりおちゃんにしっかり覚えておいてもらいたいから。
 もうしばらくの我慢だ。