今日の晩ご飯は昨日の残りのカレーのつもりだったから、おかずはサラダだけで済ませようと野菜をお皿に盛り付ける。
珍しくママの帰りが早かったから、一緒にご飯が食べられるのが嬉しい。けれど、私の心の中は嵐だった。
高校で新しい友達ができて楽しく過ごせそうなこと。
ライマくんが転校生としてやってきたこと。
そして、そのライマくんから指輪をもらってしまったこと。
指輪を返そうとしたけれど、抜けなくてそのまま帰ってきてしまった。
心春にも後で電話したい。
指輪は抜けないまま左手の薬指で輝いている。
テーブルに夕飯を並べ終えるど、ママがお腹すいた〜とリビングに入ってきた。
いただきますをして食べはじめる。
私のママは外資系の企業に勤めている。海外出張も年に一度はあって、小学生の頃はおばあちゃんの家に預けられることもあった。いわゆるバリキャリというやつだ。
パパとは私が小学3年生の時に離婚している。ママが仕事を頑張りたいのと、パパの気持ちが追いつかなくてすれ違った結果だとママが話してくれた。私は小さいながらもママがしっかり話をしてくれたから納得してママと一緒にいることを選んだ。
忙しいけど楽しそうに仕事をしているママのことを誇らしく思うし、かっこよくて憧れている。私もママみたいに楽しいと思える仕事に就きたいと思うけれど、まだそれがどんな職種なのかはわからない。
夜遅く帰ってきたり、1人でご飯を食べるのは寂しく思うこともあるけれど、頑張るママを応援することは、未来の私を応援していることになると思っている。
そんなわけで、家事は大体が私の担当だ。
「ねぇ、莉緒。ママ、アメリカの本社に異動の打診があるんだよね。莉緒を置いていくわけにもいかないし、どうしようかと悩んでいるんだけど」
突然の発表に私は口に運んでいたスプーンを落とすかと思った。
今日はなんでこんなにいろんな出来事が起こるんだろう。
「それって、ママがやりたい仕事なんだよね?」
「そうなの。ママの元上司が今本社にいて、またママと仕事がしたいって呼んでくれているの。おばあちゃんのところへ行くにしても、おばあちゃんの家から高校までは遠いし。転校するなら一緒にアメリカに行っても同じじゃないかと思って」
「私、高校で新しい友だちもできたし、離れたくないな。1人でここで暮らせるよ」
一応治安のいい土地のマンションだ。お隣さんも悪い人たちではないし、きっとなんとかやっていけるだろう。
「莉緒はしっかりしているから、日常で困ることはないとは思っているんだけど。パパにお願いする?」
パパとは中学2年生まで年に何回か会っていたけれど、パパが再婚してからは全く会っていない。私もお世話になるのは気まずい。パパの新しい奥さんは優しい人だけど、やっぱり複雑な気持ちはある。ママも早く新しい恋人を作ったらと思うけど、ママは仕事が楽しすぎて彼氏とかまだ考えられないらしい。
「パパのところはちょっと気まずいかな……」
そう答えると、「やっぱりそうだよねぇ」とママは苦笑いした。
「ライマくんがいてくれたらよかったのにねぇ」
突然のライマくんの名前に私は再度スプーンを落としそうになった。
「なんで急にライマくんの話なの?」
「だって、2人で結婚の約束してたじゃない。でも莉緒もいつの間にか彼氏ができちゃったんだねぇ。彼氏がいれば余計に離れたくないよねぇ」
ママはしみじみとしている。
「えっ、彼氏なんていないけど」
慌てて返すと、ママは私の左手を指差した。
「その指輪どうしたの? まるで婚約指輪みたいに大きな石ついてるじゃない」
ニンマリと笑うママは明らかに私をからかっている。
「ちがっ。これは、ライマくんが無理矢理はめて抜けなくなっちゃっただけで」
ママが変なことを言うから私も変に意識してしまった。確かにこれは婚約指輪なのだろう。彼にとっては。
「え? ライマくんにもらったの? いつ」
「さっき学校の帰りに……」
「ライマくん日本に戻って来たのね! もしかして学校一緒なの? なんで教えてくれなかったのよ〜。それなら話は別だわ」
ママは明らかに嬉しそうに、そして肩の荷が降りたように笑った。
「ライマくんが近くにいるなら莉緒のこと気にかけてもらえるように頼めるし安心だわ。2人の関係は親公認だから。ちょっとママ明日にでもライマくんのお家に行ってみる」
明らかに語尾にハートマークが付いていて、私の意見は誰も聞いてくれないのかと悲しくなった。
こんな指輪をはめていれば、確かに喜んで付けているようにしか見えないだろう。
私は指輪と気持ちを押し付けられただけで、ライマくんときちんと話をしたわけでもないのに。
ライマくんのお家にはお世話にならないようにしっかりしなければ、と心に誓った。
結局、心春とは電話ができなくて、朝一緒に登校することにした。
「おはよ!」
心春が手を振って待っていた。ボブの毛先は可愛く外に跳ねている。
「おはよう」
私も挨拶をする。
「ねぇ、昨日転校生来たんでしょ? めっちゃイケメンの」
「そう、その転校生がね、私の幼なじみというか、子どもの頃よく遊んでた男の子で」
「あ〜、よく話してた男の子でしょ? シロツメクサの指輪の!」
ライマくんとの思い出は、キラキラした綺麗で大切な宝物みたいな思い出だ。私はことあるごとに心春に話していたのだった。
「そう、それで……」
クラス中に私は恋人だとか言い放ったんだよ、と続けようとして、私は固まった。不審がる心春。
目の前には。
「あ、転校生。もとい莉緒の幼なじみ」
「りおちゃんおはよう。待ってたんだ」
背が高くてスタイルも良くて、何より顔が美しい人が立っていればとても目立つのだ。
すれ違う人が皆彼を見て行く。
こんなに目立つのに、なぜ私は気が付かなかったのだろう。こんな話、本人には聞かれたくない。
「えーっと、転校生くん。あたし坂井心春。隣のクラスだよ。莉緒とは中学から仲良しなの。よろしくね」
「さかいさん。りおちゃんと仲良し、なるほどね。よろしく」
気持ちのこもっていないよろしくに、私は心春の顔を見る。心春は結構負けず嫌いだから、きっとライマくんの今の態度は気に入らないかもしれない。笑顔が固まっている。
「早速なんだけど、りおちゃんと一緒に行きたくて。隣譲ってもらえる?」
ライマくんもなかなかはっきり言う。
昔はショベルを取られて泣いていたのに。
あのかわいいライマくんの面影が全然無い。
「ねぇ莉緒、この人ほんとにあの幼なじみ?」
私の美化した思い出話を聞いていた心春としては、やっぱり納得がいかないようだ。私だって納得していない。
今日もライマくんの瞳は薄いグレーだ。あの赤い瞳は私の見間違いだったのだろうか。昨日のことなのに記憶が怪しい。
「まだちゃんと話してないからなんとも言えない」
私も納得していないことをアピールするために、ライマくんから顔を逸らす。
「指輪してないの?」
ライマくんの声が心なしか寂しそうに聞こえた。
指輪は夜のうちにお風呂でなんとか外したのだ。一応カバンに入れて持ってきている。
「指輪って?」
心春が私を覗き込んだ。何も話ができないうちにライマくんと遭遇してしまったから心春は自分がハブかれていると感じるのでは無いかと私はヒヤヒヤする。
「昨日押し付けられたの」
なるべくライマくんには聞こえないけど心春には聞こえるように小さい声で言う。
「りおちゃんはぼくと結婚の約束をしてるからね」
ライマくんはケロリと答える。
「婚約者ってやつ」
なぜだか得意げに心春を見下ろしている。どうやら私と仲良しな心春と張り合っているようだ。
「へー。ふーん。婚約者ね。でも莉緒はあたしとの方が仲良しだから。急にで出てきた馬の骨と莉緒は結婚させないからね」
あたしを納得させてから! とまるで父親が娘の彼氏に言うような台詞を言い放つ心春もライマくんとしっかり張り合っていた。
私は謎の2人のバトルの間に挟まれ、そのまま教室まで行ったのだった。
帰り道。心春とも、マユちゃんとも一緒に帰れない。私はしっかりライマくんに捕まり、渋々一緒に帰ることにした。言いたいこともあったし。
けれどどう話を切り出そうか悩んでいると、ライマくんが先に口を開いた。
「りおちゃん、一緒に暮らさない?」
「はぁ?」
私は昨日からの突拍子もない出来事のせいで気が荒くなっていたんだと思う。
出したこともないような声が出て、慌てて口を押さえた。
「ねぇりおちゃん。ぼくのこと嫌いになっちゃった?」
しょぼんとするライマくんは、ドーベルマンが首を下げ、耳を垂らしてしょげている様子によく似ていた。そんな姿を可愛いと思ってしまったが、絆されてはいけない。
嫌いとか、それ以前の問題だ。私は隣に歩いているライマくんのことは、何も知らない。昨日からずっと考えていたことだった。
「ライマくんは、私が昔と変わらないと思っているの? ライマくんは、私が昔約束したから結婚しようって言っているの? ライマくんは、私のことなんだと思っているの?」
ついイライラした気持ちが言葉に乗ってしまう。この2日で、ママの転勤の話とライマくんからの求婚で私は何も手につかないんだから。
「私、あの頃とは違う。みんなと仲良くできるわけじゃないし、ライマくんのこと慰めてあげられる余裕無いよ。それに結婚だって、まだ高校生になったばかりだしそんなこと考えられない。将来なりたい職業だってまだわからないのに。それなのに結婚とか言われてもピンと来ないよ」
ライマくんを見上げる。しょげた様子はなく、しっかりと私を見据えていた。
その瞳に戸惑うけれど、私は言わなくては。
「私は今のライマくんのことなんにも知らない。好きか嫌いかと聞かれたら、好きではない方だとしか答えられない」
カバンから指輪を取り出す。
むんず、と差し出す。ライマくんは私の手から指輪を取り、性懲りも無くまた私の左手の薬指にはめた。
「りおちゃんの気持ちを話してくれて嬉しいよ。だからこそ、ぼくのこと知って欲しいんだ」
ライマくんの瞳が赤くなり、私は目を見張る。
「迎えにきたって言ったでしょ。さぁ行こう」
「どこへ?」
私は白昼夢でも見ているのだろうか。あたりが霧に包まれていく。
「ライマ様、お迎えにあがりました」
どこからか男の人の声がする。
「リオ様もご一緒ですね」
私の後ろから女の人の声がした。
「ようやく連れてくることができたよ」
霧が晴れたと思うとそこは絵本や小説などで見る王宮の中のようだった。外にいたはずなのに。
ライマくんの後ろに黒い執事のような格好をしたメガネの男の人がいる。どこから出てきたのか、いや私がどこから出てきたのかと思われる側か?
振り返ると私の後ろにはクラシカルメイドのような格好のお姉さんが立っていた。
どちらも超美形だ。
なぜ私は突然こんなところでこんな美形に囲まれているのか。
キャパオーバーすぎて気を失いそうだった。
「ここ、どこ……私、晩ご飯の準備があるから早く帰らなきゃ」
なんとか声を絞り出すと、「あぁ、そうだよね」とライマくんが思い出したように目を丸くした。
「ここは魔族の国だよ。ぼくの国へようこそ。ぼくのお嫁さん」
ま、ぞ、く?
まぞくってなに?
なんかゲームとかマンガとかに出てくる、悪魔的なやつ?
私もしかして流行りの異世界召喚されたとか?
珍しくママの帰りが早かったから、一緒にご飯が食べられるのが嬉しい。けれど、私の心の中は嵐だった。
高校で新しい友達ができて楽しく過ごせそうなこと。
ライマくんが転校生としてやってきたこと。
そして、そのライマくんから指輪をもらってしまったこと。
指輪を返そうとしたけれど、抜けなくてそのまま帰ってきてしまった。
心春にも後で電話したい。
指輪は抜けないまま左手の薬指で輝いている。
テーブルに夕飯を並べ終えるど、ママがお腹すいた〜とリビングに入ってきた。
いただきますをして食べはじめる。
私のママは外資系の企業に勤めている。海外出張も年に一度はあって、小学生の頃はおばあちゃんの家に預けられることもあった。いわゆるバリキャリというやつだ。
パパとは私が小学3年生の時に離婚している。ママが仕事を頑張りたいのと、パパの気持ちが追いつかなくてすれ違った結果だとママが話してくれた。私は小さいながらもママがしっかり話をしてくれたから納得してママと一緒にいることを選んだ。
忙しいけど楽しそうに仕事をしているママのことを誇らしく思うし、かっこよくて憧れている。私もママみたいに楽しいと思える仕事に就きたいと思うけれど、まだそれがどんな職種なのかはわからない。
夜遅く帰ってきたり、1人でご飯を食べるのは寂しく思うこともあるけれど、頑張るママを応援することは、未来の私を応援していることになると思っている。
そんなわけで、家事は大体が私の担当だ。
「ねぇ、莉緒。ママ、アメリカの本社に異動の打診があるんだよね。莉緒を置いていくわけにもいかないし、どうしようかと悩んでいるんだけど」
突然の発表に私は口に運んでいたスプーンを落とすかと思った。
今日はなんでこんなにいろんな出来事が起こるんだろう。
「それって、ママがやりたい仕事なんだよね?」
「そうなの。ママの元上司が今本社にいて、またママと仕事がしたいって呼んでくれているの。おばあちゃんのところへ行くにしても、おばあちゃんの家から高校までは遠いし。転校するなら一緒にアメリカに行っても同じじゃないかと思って」
「私、高校で新しい友だちもできたし、離れたくないな。1人でここで暮らせるよ」
一応治安のいい土地のマンションだ。お隣さんも悪い人たちではないし、きっとなんとかやっていけるだろう。
「莉緒はしっかりしているから、日常で困ることはないとは思っているんだけど。パパにお願いする?」
パパとは中学2年生まで年に何回か会っていたけれど、パパが再婚してからは全く会っていない。私もお世話になるのは気まずい。パパの新しい奥さんは優しい人だけど、やっぱり複雑な気持ちはある。ママも早く新しい恋人を作ったらと思うけど、ママは仕事が楽しすぎて彼氏とかまだ考えられないらしい。
「パパのところはちょっと気まずいかな……」
そう答えると、「やっぱりそうだよねぇ」とママは苦笑いした。
「ライマくんがいてくれたらよかったのにねぇ」
突然のライマくんの名前に私は再度スプーンを落としそうになった。
「なんで急にライマくんの話なの?」
「だって、2人で結婚の約束してたじゃない。でも莉緒もいつの間にか彼氏ができちゃったんだねぇ。彼氏がいれば余計に離れたくないよねぇ」
ママはしみじみとしている。
「えっ、彼氏なんていないけど」
慌てて返すと、ママは私の左手を指差した。
「その指輪どうしたの? まるで婚約指輪みたいに大きな石ついてるじゃない」
ニンマリと笑うママは明らかに私をからかっている。
「ちがっ。これは、ライマくんが無理矢理はめて抜けなくなっちゃっただけで」
ママが変なことを言うから私も変に意識してしまった。確かにこれは婚約指輪なのだろう。彼にとっては。
「え? ライマくんにもらったの? いつ」
「さっき学校の帰りに……」
「ライマくん日本に戻って来たのね! もしかして学校一緒なの? なんで教えてくれなかったのよ〜。それなら話は別だわ」
ママは明らかに嬉しそうに、そして肩の荷が降りたように笑った。
「ライマくんが近くにいるなら莉緒のこと気にかけてもらえるように頼めるし安心だわ。2人の関係は親公認だから。ちょっとママ明日にでもライマくんのお家に行ってみる」
明らかに語尾にハートマークが付いていて、私の意見は誰も聞いてくれないのかと悲しくなった。
こんな指輪をはめていれば、確かに喜んで付けているようにしか見えないだろう。
私は指輪と気持ちを押し付けられただけで、ライマくんときちんと話をしたわけでもないのに。
ライマくんのお家にはお世話にならないようにしっかりしなければ、と心に誓った。
結局、心春とは電話ができなくて、朝一緒に登校することにした。
「おはよ!」
心春が手を振って待っていた。ボブの毛先は可愛く外に跳ねている。
「おはよう」
私も挨拶をする。
「ねぇ、昨日転校生来たんでしょ? めっちゃイケメンの」
「そう、その転校生がね、私の幼なじみというか、子どもの頃よく遊んでた男の子で」
「あ〜、よく話してた男の子でしょ? シロツメクサの指輪の!」
ライマくんとの思い出は、キラキラした綺麗で大切な宝物みたいな思い出だ。私はことあるごとに心春に話していたのだった。
「そう、それで……」
クラス中に私は恋人だとか言い放ったんだよ、と続けようとして、私は固まった。不審がる心春。
目の前には。
「あ、転校生。もとい莉緒の幼なじみ」
「りおちゃんおはよう。待ってたんだ」
背が高くてスタイルも良くて、何より顔が美しい人が立っていればとても目立つのだ。
すれ違う人が皆彼を見て行く。
こんなに目立つのに、なぜ私は気が付かなかったのだろう。こんな話、本人には聞かれたくない。
「えーっと、転校生くん。あたし坂井心春。隣のクラスだよ。莉緒とは中学から仲良しなの。よろしくね」
「さかいさん。りおちゃんと仲良し、なるほどね。よろしく」
気持ちのこもっていないよろしくに、私は心春の顔を見る。心春は結構負けず嫌いだから、きっとライマくんの今の態度は気に入らないかもしれない。笑顔が固まっている。
「早速なんだけど、りおちゃんと一緒に行きたくて。隣譲ってもらえる?」
ライマくんもなかなかはっきり言う。
昔はショベルを取られて泣いていたのに。
あのかわいいライマくんの面影が全然無い。
「ねぇ莉緒、この人ほんとにあの幼なじみ?」
私の美化した思い出話を聞いていた心春としては、やっぱり納得がいかないようだ。私だって納得していない。
今日もライマくんの瞳は薄いグレーだ。あの赤い瞳は私の見間違いだったのだろうか。昨日のことなのに記憶が怪しい。
「まだちゃんと話してないからなんとも言えない」
私も納得していないことをアピールするために、ライマくんから顔を逸らす。
「指輪してないの?」
ライマくんの声が心なしか寂しそうに聞こえた。
指輪は夜のうちにお風呂でなんとか外したのだ。一応カバンに入れて持ってきている。
「指輪って?」
心春が私を覗き込んだ。何も話ができないうちにライマくんと遭遇してしまったから心春は自分がハブかれていると感じるのでは無いかと私はヒヤヒヤする。
「昨日押し付けられたの」
なるべくライマくんには聞こえないけど心春には聞こえるように小さい声で言う。
「りおちゃんはぼくと結婚の約束をしてるからね」
ライマくんはケロリと答える。
「婚約者ってやつ」
なぜだか得意げに心春を見下ろしている。どうやら私と仲良しな心春と張り合っているようだ。
「へー。ふーん。婚約者ね。でも莉緒はあたしとの方が仲良しだから。急にで出てきた馬の骨と莉緒は結婚させないからね」
あたしを納得させてから! とまるで父親が娘の彼氏に言うような台詞を言い放つ心春もライマくんとしっかり張り合っていた。
私は謎の2人のバトルの間に挟まれ、そのまま教室まで行ったのだった。
帰り道。心春とも、マユちゃんとも一緒に帰れない。私はしっかりライマくんに捕まり、渋々一緒に帰ることにした。言いたいこともあったし。
けれどどう話を切り出そうか悩んでいると、ライマくんが先に口を開いた。
「りおちゃん、一緒に暮らさない?」
「はぁ?」
私は昨日からの突拍子もない出来事のせいで気が荒くなっていたんだと思う。
出したこともないような声が出て、慌てて口を押さえた。
「ねぇりおちゃん。ぼくのこと嫌いになっちゃった?」
しょぼんとするライマくんは、ドーベルマンが首を下げ、耳を垂らしてしょげている様子によく似ていた。そんな姿を可愛いと思ってしまったが、絆されてはいけない。
嫌いとか、それ以前の問題だ。私は隣に歩いているライマくんのことは、何も知らない。昨日からずっと考えていたことだった。
「ライマくんは、私が昔と変わらないと思っているの? ライマくんは、私が昔約束したから結婚しようって言っているの? ライマくんは、私のことなんだと思っているの?」
ついイライラした気持ちが言葉に乗ってしまう。この2日で、ママの転勤の話とライマくんからの求婚で私は何も手につかないんだから。
「私、あの頃とは違う。みんなと仲良くできるわけじゃないし、ライマくんのこと慰めてあげられる余裕無いよ。それに結婚だって、まだ高校生になったばかりだしそんなこと考えられない。将来なりたい職業だってまだわからないのに。それなのに結婚とか言われてもピンと来ないよ」
ライマくんを見上げる。しょげた様子はなく、しっかりと私を見据えていた。
その瞳に戸惑うけれど、私は言わなくては。
「私は今のライマくんのことなんにも知らない。好きか嫌いかと聞かれたら、好きではない方だとしか答えられない」
カバンから指輪を取り出す。
むんず、と差し出す。ライマくんは私の手から指輪を取り、性懲りも無くまた私の左手の薬指にはめた。
「りおちゃんの気持ちを話してくれて嬉しいよ。だからこそ、ぼくのこと知って欲しいんだ」
ライマくんの瞳が赤くなり、私は目を見張る。
「迎えにきたって言ったでしょ。さぁ行こう」
「どこへ?」
私は白昼夢でも見ているのだろうか。あたりが霧に包まれていく。
「ライマ様、お迎えにあがりました」
どこからか男の人の声がする。
「リオ様もご一緒ですね」
私の後ろから女の人の声がした。
「ようやく連れてくることができたよ」
霧が晴れたと思うとそこは絵本や小説などで見る王宮の中のようだった。外にいたはずなのに。
ライマくんの後ろに黒い執事のような格好をしたメガネの男の人がいる。どこから出てきたのか、いや私がどこから出てきたのかと思われる側か?
振り返ると私の後ろにはクラシカルメイドのような格好のお姉さんが立っていた。
どちらも超美形だ。
なぜ私は突然こんなところでこんな美形に囲まれているのか。
キャパオーバーすぎて気を失いそうだった。
「ここ、どこ……私、晩ご飯の準備があるから早く帰らなきゃ」
なんとか声を絞り出すと、「あぁ、そうだよね」とライマくんが思い出したように目を丸くした。
「ここは魔族の国だよ。ぼくの国へようこそ。ぼくのお嫁さん」
ま、ぞ、く?
まぞくってなに?
なんかゲームとかマンガとかに出てくる、悪魔的なやつ?
私もしかして流行りの異世界召喚されたとか?