そして美紅の祖母は、隠れ宿に飾るメインの品として、小笠原家が所有する『京薩摩』を飾ると告げた。

「まあ!おばあ様、よろしいのですか?」
「もちろん。たくさんの方に観て頂く良い機会だわ」

京薩摩の歴史は、桃山時代に朝鮮半島から連行された陶工によって薩摩や大隈の窯で始められた焼き物、薩摩焼に始まる。
本家薩摩で作られた本薩摩に対し、文化振興の一環として派遣された職人によって京都で作られるようになった薩摩焼を京薩摩と称している。

幕末に日本が開国し、優れた美術品が欧米に輸出されるようになると、薩摩藩は1867年にフランスのパリで開かれた万博に薩摩焼を出展した。
それがやがて欧米への輸出用に、京都で、より伝統的な日本のデザインが絵付けされるようになる。
その中でも京都の三条粟田口の窯元が有名で、その土地で焼かれたものを京薩摩と呼ぶようになった。

本薩摩と比べてより繊細で雅やか、文化の拠点だった京都ならではの美的センスが活かされた美しい構図でたちまち欧米人達を虜にし、一時期は生産量で本薩摩を凌ぐ程になるが、戦争や工業化の影響で急速に衰退。
京薩摩の伝統や技術は、次の担い手にほとんど受け継がれることなく途絶えてしまった。

「京薩摩の特徴といえば、その緻密さね。点描の一つ一つ、線の一本一本に至るまで、全て筆で描かれているの。一度伝統が途絶えた『幻の京薩摩』を、この隠れ宿でじっくり味わって頂きたいわ」

祖母の言葉に、伊織は恐縮した。

「本当によろしいのでしょうか?そのように貴重な品を…」
「ええ。京薩摩は、京都にあるべき品だと思うの。うちの屋敷に眠らせていてはいけないわ。ここ京都で、京薩摩を眺めた人々に何かを感じてもらうことが、私達小笠原家の役目よ」

祖母の言葉に、美紅と伊織はより一層身を引き締めて頷いた。